東方巡遊記

九州ツーリング I

目次

01
プロローグ
02
神戸港~新門司港~宇佐神宮~院内
03
院内~宇佐~別府~由布~大分~清川
04
清川尾平越天岩戸神社高千穂神社高千穂峡延岡日向美々津
05
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06
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07
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10
エピローグ

2014年9月7日(日) 6日目

霧の峠越え。

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。サイト内に掲載している写真・文章等のコンテンツは、形態を問わず転載厳禁。野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引き取りください。

清川

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0500起床。昨日の疲れはもう取れました。

現在地は豊後国/大分県豊後大野市、清川の道の駅「きよかわ」。雨は止んでいるようで、すっきりしない感じの雲。天気予報当てになりません。朝食を作っていると小雨。今日も雨天走行ですか~

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0700、小雨の中を出発。

本日は2番目の探訪ポイント、天岩戸神社と高千穂神社のある高千穂峡へアプローチ。古祖母山(1633.1m)と本谷山(1334.2m)の間に位置する峠、標高980mの尾平越をストレートに抜ける峠越えルートです。まずは緒方川沿いのR502で、次の道の駅に向かいましょう。

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0730、R7に乗り換えて道の駅「原尻の滝」。軒下のコンディションは「きよかわ」が上でした。

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裏手には大分のナイアガラと称する原尻の滝があります。道の駅を出発すると深く険しい峠越えルート。しばらくノンストップで走ります。

尾平越

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0815、南の高千穂峡方面へ出発。集落が点在しており、寂しいところではありません。地元の方の声援を受けて少しずつ上っていきます。

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どんどん山に入り、アップダウンがきつくなります。緊急災害時に車でのアクセスが困難であることから、道路上にヘリポートが設けられていました。

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奥岳川沿いに黙々と進行。前方は深い霧に包まれています。

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1055、祖母山登山口に到着。カロリーメイトを食べて小休止とします。

フル装備の自転車であまりにも多くの峠を越えてきたので、この程度のルートを上るのは普通。もう慣れてしまいました。20kg以上積んで走っても重量は意外と気になりませんし、むしろ、装備が充実しているという安心感があります。

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1115、出発。何もない山の中をひたすら上ります。尾平越まで、あと1時間ぐらいかな。

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霧が濃くなってきました。峠越えの雰囲気を盛り上げてくれます。

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1220、ようやく尾平越隧道(尾平越トンネル)。隧道内には照明無し、濃霧で何も見えません。

静かな峠で一息ついていたら、チャラ男女を満載した車が出現。「ギャー!マジパネェー!!これ超ヤバくね!?」と騒ぎ始めました。ここが何号線で、どこに繋がっているのかも把握していない様子。一切相手にしませんが、どうやってこのルートに入ったのやら。

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アホな連中が走り去ったのを確認して、狭くて真っ暗な隧道内へ。

ライトはフロントx2、リアx2で視認性抜群。先程のようにイカレた車が突っ込んでくることもありますから、こんな状況ではテールライトが必須。安全ベストも着用します。
(詳細はライトのページを参照)

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隧道を抜けると日向国/宮崎県西臼杵郡高千穂町にIN。空気が一変して気温は20℃。ここからの下りは冷えそうです。

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岩戸川沿いのR7を一気に下ります。古くは臼杵郡だったのが、明治時代に西臼杵郡・東臼杵郡に分割。日向国に属した自治体が独立して日向市を名乗ったりする一方で、高千穂町や椎葉村を始めとする町村は臼杵郡を維持しています。

天岩戸神社

高千穂峡地図 
こちらが高千穂峡周辺の地図。R7を下り、最初に向かうのは天岩戸神社。今日は道の駅「高千穂」でストップします。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋。「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記。利用規約に基づいて掲載しています。

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1342、天岩戸神社西本宮。ここまで約54.9kmでした。天岩戸神社は、その名の通り岩戸隠れの伝説が残る社。こじんまりした観光地で、駐車場はバスツアーの観光客だらけです。

『古事記』と『日本書紀』の記述によると、その昔、父の伊弉諾尊に勘当された素盞嗚尊は高天原を治める姉の天照大御神の元にやってきました。そこで数々のクレイジーすぎる乱暴狼藉を働いたことから、天照大御神は嫌気が差して天岩戸に引き篭もってしまいます。

太陽を象徴する神様が隠れたことで、世界は暗闇に包まれました。八百萬の神々は対応を協議し、思兼神の立案により宴会を開催。天鈿女命が天岩戸の前でアレなダンスを披露して盛り上がり、外の様子が気になった天照大御神が顔を覗かせたところに、手力男命が引き摺り出して世界に光が戻ったそうな。

多大な迷惑をかけた素盞嗚尊は高天原から追放。地上の出雲国(島根県)に下ろされてしまいますが、現地で八岐大蛇なる怪物を退治して稲田姫命と結婚します。後に、子孫の大己貴命は大国主命を名乗って葦原中国を開拓。高皇産霊尊と天照大御神を中心とする天津神は葦原中国の統治を画策し、国譲り、天孫降臨、そして神武東征のエピソードに繋がっていくのでした。

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自転車を置いて久々の散策タイム。この像は説明するまでもなく手力男命。投げ飛ばされた天岩戸は信濃国(長野県)の戸隠連峰になったという伝説も知られています。

東方では「儚月抄」の綿月依姫の神降ろしで、岩戸開きの天鈿女命と天照大御神のエピソードを再現。天照大御神は「儚月抄」においても太陽を象徴する神様であり、綿月豊姫によると三本足の鴉(八咫烏)を使役するそうです。

「伊弉諾物質」では天岩戸と戸隠の伝説が紹介。「萃夢想」に登場した伊吹萃香の元ネタの一つでもあります。もっとも、萃香のモデルになったのは手力男命ではなく酒呑童子。越後国(新潟県)の山寺あるいは近江国(滋賀県)の伊吹山でち、丹後国(京都府)の大江山を本拠地とした鬼の頭領です。

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早速、境内へ。一の鳥居正面を駐車スペースにするのはどうかと思う。

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参道右手の神門をくぐります。

高千穂という地名からもお分かりのように、当地は天照大御神の孫である瓊々杵尊が降り立った天孫降臨の伝説や、神日本磐余彦尊(後の神武天皇)による東征の出発地として知られています。『古事記』によると一行は「竺紫の日向の高千穂のくしふるたけ」に天降ったとあり、『日向国風土記』では「日向の高千穂の二上峯」に天降ったと記載されています。

高千穂市街のくしふる峯には瓊々杵尊を祀るくしふる神社。南東の二上山(1082m)には伊弉諾尊と伊弉冊尊を祀る二上神社が鎮座。残念ながら本ツーリングの計画段階で見落としており、今回は訪れていません。どちらかといえば日向国(宮崎県・鹿児島県)にある高千穂峰が有名なので、そっちのエピソードは高千穂峰(p.7)で触れましょう。一度に紹介するのは大変だし。

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拝殿にて参拝。主祭神は大日霎尊(天照皇大神)。左手の御旅所にて天鈿女命、手力男命、大年神、素盞嗚尊、日子穗穗手見命、豊玉毘売命、菅原道真を配祀しています。

拝殿奥、岩戸川の向こうには御神体の天岩戸。通常は直接見られず、ここから遙拝します。創建年代は不詳。社伝によると瓊々杵尊が天岩戸を奉斎したのが起源だとか。現在のような社殿が造営されたのは明治30年(1897年)とのこと。

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一旦境内を出て、岩戸川沿いに天安河原へ。遊歩道は濡れて滑りやすいから気を付けて。

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少し歩いたら天安河原。ここが、岩戸隠れの際に神々が集まった臨時会議場。仰慕窟と呼ばれる洞窟があり、緑に包まれた神秘的な空間です。薄暗くて湿度が高く、写りが悪かった。

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洞窟内には、思兼神と八百萬神をお祀りする天安河原宮。いつの間にか石を積んで願い事をする風習が生まれました。

思兼神は高皇産霊尊(高木神)の子とされ、八意思兼神とも称し知恵を司る神様として知られます。岩戸開きの活躍だけでなく、葦原中国を掌握する作戦も立案。東方では「永夜抄」に登場する月の賢者、八意永琳のモデルですね。

天鈿女命と手力男命の活躍に比べると地味ですが、思兼神の作戦の可否を占ったのが天児屋命と布刀玉命。八咫鏡と八尺瓊勾玉を吊るした賢木を天岩戸の前に捧げ、外の様子が気になった天照大御神に八咫鏡を差し出し、その姿を映す役割も担いました。

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西本宮に戻り、R204を歩いて東本宮へ。天岩戸橋で岩戸川対岸に渡ります。

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1435、天岩戸神社東本宮。参道入口には天鈿女命の像。いきなり動き出して超ビックリした。

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石段を登って拝殿へ。この社も静かで良い雰囲気。

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拝殿にて参拝。祭神は天照皇大神です。

創建年代は不詳。社伝によると思兼神が天照皇大神をお祀りしたのが起源とのこと。現在では天岩戸神社の西本宮・東本宮という形式ですが、元は独立した社だったそうです。

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本殿裏手には御神水と七本杉。そろそろ自転車に戻ります。

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1515、出発。R7からR50に乗り継いで高千穂市街へ。道の駅に向かいますよ。

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1605、高千穂市街に入って高千穂神社。今日は時間がありませんので明日訪れます。

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1625、R218沿いのセブンイレブンで夕食です。この街は深い山の中にあり、山と峡谷に囲まれた地形。アップダウンが多く、R218・R237の乗り換えだけでも大変。

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1645、道の駅「高千穂」に到着。本日の走行距離は約67.3kmでした。まだ明るいし、今後のルートでも検討しますか。

九州略地図 
9月2日に自宅を出発し、新門司港に上陸したのは9月3日。宇佐神宮~別府~大分を経て高千穂峡までやってきました。

上陸してから5日間で走行距離は約356.5km。雨天に阻まれたこともあり、意外と距離を伸ばせませんでした。次の探訪ポイントである霧島六社権現と高千穂峰まで半分ぐらい。このペースだと、鹿児島に着くまで1週間かかりそうです。

明日からはR218で延岡に下って宮崎方面へ。一応、予定通りのルートで進行しています。

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暗くなったら、軒下にインナーテントを張って寝る準備。2010、ゆっくり就寝します。

2014年9月8日(月) 7日目

開かれた道。

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0500起床。テントを張ったおかげでよく眠れました。7日目にもなると適度な疲れで熟睡できます。

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まもなく日の出。珍しく晴れてます。このモニュメントは鬼…じゃなくて手力男命。天岩戸を信州まで投げ飛ばした屈強な神様です。

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反対側には天鈿女命。天孫降臨の際は猿田彦命に対応したり、ナマコの口を裂くなど実は荒々しい神様でした。

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0630、出発。まずは高千穂神社へ向かいます。たまにはレインウェアを使わない日になってほしい。

高千穂神社

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0640、高千穂神社。山々に囲まれているのがよく分かると思います。

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境内へ。早朝なので誰も居ません。

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拝殿にて参拝。主祭神は高千穂皇神(高智保皇神)です。

高千穂皇神とは日向三代の神々の総称であり、瓊々杵尊と木花開耶姫、彦火火出見尊と豊玉姫命、鵜鵝草葦不合尊と玉依姫命の三代の夫婦神のこと。神日本磐余彦尊のご先祖様となる神々です。

創建年代は不詳。社伝によると、神日本磐余彦尊の兄の三毛入野命が東征の帰途に日向三代の神々をお祀りしたのが起源だそうな。三毛入野命は鬼八なる鬼神を退治して高千穂を治めたと伝わり、妃の鵜目姫命、八柱の子と共に十社大明神として合祀されています。

『続日本後紀』によると平安時代初期、仁明天皇御代の承和10年(843年)に日向国の高智保皇神との記載あり。従五位下を授けたと記されるものの、それが現在の高千穂神社に相当するのかは分かっていません。

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拝殿左手には、天孫降臨に登場する猿田彦命と天鈿女命をお祀りする荒立神社。そして佐野命(神武天皇)と兄(五瀬命、稲氷命、三毛入野命)をお祀りする四皇子社。

『日本書紀』によると東征の途上で抵抗に遭い五瀬命は戦死。更には暴風に進路を阻まれ、稲氷命は海に入って鋤持神になり、三毛入野命は常世国に渡ったと記載されています。神日本磐余彦尊の東征は苦難続きでした。

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0700、自転車に戻って出発。延岡に下る前に高千穂峡に寄っていきます。

いくら走り慣れているとは言え、走ってばかりでは疲れるし面白くない。行程の中に神社巡りを入れると、荒んだ心が浄化されて旅の充実度がUP。九州はツーリング&神話の舞台探訪に最適のロケーションだと思います。『古事記』とか『日本書紀』を読み込んで予習する必要はありますが……

高千穂峡

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R203からR50へ急降下。切り立った断崖につづら折れの道が設けられています。

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0710、下ってきました。おのころ池に自転車を置いて散策します。伊弉諾尊と伊弉冉尊の国産みに因んだ小さな池。どんな関連があるのかチョウザメが泳いでました。

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五ヶ瀬川沿いに整備された遊歩道を歩きます。火山活動とか浸食とかの作用で出来た深い峡谷。滑りやすい箇所もあるから、足回りは万全の態勢で。ちなみに五ヶ瀬の地名は五瀬命に由来するそうです。

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最も有名と思われる真名井の滝。

瓊々杵尊が葦原中国に天降った頃、当地には澄んだ水が存在しませんでした。天村雲命が天照大御神から託された水の種を撒くと、澄んだ湧水が生まれて神聖な滝になったと伝わります。

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鬼八が三毛入野命に投げつけたという力石。

岩や甌穴など滝以外の見どころも色々あるようですが、写真をそれほど撮っていないので割愛させてもらいます。神社や史跡以外の観光スポットは適当に紹介すればOK。

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R203の高千穂大橋を見上げたところ。その向こうにはR218、神都高千穂大橋が架かっています。峡谷の深さは80~100mぐらい。ダイナミックな地形です。

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0745、自転車に戻って出発。先程下ってきた坂はパスしてR50で青葉大橋へ。こっちの坂も結構きつかった。

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青葉大橋で峡谷を渡り、高千穂市街にリターン。山々にかかっていたガスが晴れ、暑い青空に。

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0825、R237沿いの高千穂線、高千穂駅に寄り道。駅を見つけると寄っていく習性です。

かつて延岡駅~高千穂駅を結び、国鉄から高千穂鉄道に引き継がれた高千穂線。台風の被害を受けて平成20年(2008年)に廃止され、高千穂駅も廃駅に。現在、高千穂あまてらす鉄道が運営する観光施設に利用されています。

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それでは、R218に乗って東の延岡方面へ。本日は宮崎の手前にある日向を目指します。まあ、高千穂も宮崎も日向国の一部なんですけど。

雲海橋で岩戸川を渡ると西臼杵郡日之影町。岩戸川と合流した五ヶ瀬川沿いのルートになります。下りっぱなしではなく、それなりのアップダウン。

延岡

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既に延岡市に入っています。天気は快晴、この調子で飛ばしますよ。

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1155、延岡市街の手前、ココストアで休憩&昼食。ここまで約57.8km。気温は35℃…九州らしい暑さです。

地元のお兄さんと談笑しつつ、今日のルートと寝場所を検討。もう雨が降ることはなさそうだし、レインカバーは外しましょう。1245、出発。宮崎への道は開かれています。

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1302、JR日豊本線の延岡駅。ここまで約60.6km。暑さで給水が追いつきません。増税で自販機の値段まで上がったのがとても痛い。

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まだまだ走りたいので休む間もなく出発。R10に乗り換え、延岡大橋で五ヶ瀬川と大瀬川を渡ります。

延岡市街を抜けると、日豊本線と並走して南の日向方面へ。あまり海っぽい雰囲気ではなく、広い郊外タイプのルート。このまま日向の先まで伸ばせそうです。

日向

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1515、日向市に入り、R15に外れて細島港。地元の方によると日向岬までアップダウンがあるらしい。今からでは遅くなってしまう。先に進むほうがいいでしょう。

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R10に復帰してJR日豊本線の日向市駅。時刻は1532。ここまで約86.2kmでした。

昔の地名は富高。昭和26年(1951年)、東臼杵郡の富島町と岩脇村が合併して日向市が誕生しました。歴史的には、日向国という行政区分は宮崎県全域に相当。日向国に属した自治体の中で日向市だけ日向を称するのは、熊野国の一部でしかない三重県熊野市みたいで大雑把すぎます。

ところで、当駅は国土交通省の都市景観大賞を受賞した力作。1階部分を通り抜けできるオープンな高架駅になっています。が、駅前にベンチや自販機が設置されておらず休めない。郊外のコンビニに向かいましょう。

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休憩&夕食のためローソンに寄ると、店長らしきオッサンに邪魔者扱いされて仕方なく出発。日向灘を眺めつつ宮崎方面へ。今日だけで相当焼けました。

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1702、道の駅「日向」に到着。ここまで約96.7km。まだ明るいので、この先の「石並川キャンプ場」を目指すことに。今のうちに少しでも距離を伸ばして、宮崎以降の行程に繋げます。

ボトルケージに挿していたペットボトルの水が危険な風味。しばらく交換していなかったおかげで、中にカビが浮いてました。衛生的にヤバいから、夏場は1日使ったら必ず交換すること!

美々津

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日没が迫る中、美々津市街に入りました。

美々津は神日本磐余彦尊による東征の船出の地と伝わり、景行天皇御代(71~130年頃)の創建とされる立磐神社があります。今回は時間が無かったというより見落としていたため寄り道せず。2017年8月の「九州ツーリング II」(p.6)で補完しています。

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R302に逸れて山あいのキャンプ場へ。迷っていると地元のおじさんに道を教えてもらいました。標識が無いから分かりにくい。

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1800、石並川沿いの「石並川キャンプ場」。閉鎖されているわけではありませんが無人でした。

本日の走行距離は100kmを超えて約103km。私の1日の適正走行距離は100km+αですから、雨天でもこれぐらい伸ばすのが当たり前。う~ん、全然走り足りない。

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勝手な場所にムーンライトテント1型を展開します。道の駅での野宿に比べると芝生のキャンプ場は快適。テント以外はグラウンドシート・化繊シュラフ・エアマット&ピローから構成されています。
(詳細は野宿セットのページを参照)

実は、初日の時点でマット&ピローのエア漏れが発覚。リペアキットでバルブ付近に空いた穴を補修するも効果なし。今更どうしようもないのでペラペラのマットとして使います。この旅が終わったら、すぐ修理に出しましょう。

誰もやって来ない静かなキャンプ場。20時過ぎ、シュラフの中で地図を見ていると寝落ち。
8日目に続きます。

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