東方巡遊記

九州探訪 III

目次

01
川内駅~新田神社/可愛山陵~霧島神宮駅~霧島神宮~高千穂河原
02
高千穂河原~霧島神宮古宮址~御鉢~霧島神宮元宮~高千穂峰/天逆鉾~高千穂河原
03
高千穂河原~霧島神宮~鎮守神社/若宮神社/御手洗川~華林寺跡/両度川~千滝~亀石坂
04
霧島神宮~国分駅~隼人駅~鹿児島神宮~卑弥呼/卑弥弓呼神社~石體神社~宮内の田の神
05
隼人塚隼人駅嘉例川駅鹿児島空港高屋山上陵嘉例川駅
06
嘉例川駅~安楽温泉~犬飼滝~和氣神社~熊襲の穴~妙見温泉~国分駅~鹿児島中央駅

2018年12月31日(月) 3日目

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。サイト内に掲載している写真・文章等のコンテンツは、形態を問わず転載厳禁。野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引き取りください。

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1215、午後の行程開始。隼人駅手前のファミリーマートを出ると、そのままR473を進んで隼人塚に向かいます。

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JR日豊本線を渡ります。天気予報通り晴れてきました。

隼人塚

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1228、隼人塚に到着。隼人塚史跡公園として整備されていました。ここにも天降川から取り入れた宮内原用水の案内板があり、重要な工事を主導した郡奉行の汾陽盛常を顕彰しています。

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とても地味な隼人塚。3基の石塔と4体の石像から構成され、五重塔を守る四天王、という仏教思想に基づいた史跡です。

『続日本紀』によると奈良時代初期の養老4年(720年)、当地で暮らしていた隼人が朝廷に対し反乱を起こしました。元正天皇は直ちに軍隊を派遣し、翌年に鎮圧されています。この反乱で斬首または捕虜となった隼人は1400余名と記録。結果的に、九州南部は朝廷に完全支配されました。

隼人塚は反乱の際に殺害された隼人の怨霊を供養するため、平安時代後期に建立されたと考えられますが詳細不明。元は鹿児島神宮の戒壇所であった正国寺の跡地で、放生会が行われたとも伝わります。

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古代の人々の心が伝わる素朴な石像。長らく朽ち果てた状態で展示されていたところ、塚内部の発掘調査により欠けていた部材が発見。平成11年(1999年)に復元が完了しました。

おっと、そろそろ嘉例川駅に向かわなければ。1256発の吉松行きを逃すと次は1400発です。

隼人駅

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1237、JR隼人駅に戻りました。こういう時間制限が徒歩の辛いところ。

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北には霧島連山、南には桜島。

当駅は小倉駅~鹿児島駅の日豊本線の他、熊本県の八代駅を結ぶ肥薩線も乗り入れています。肥後国~大隅国を結ぶのに薩摩国が入る変な路線名。多分、誰も気にしていないと思います。

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予定通り、1256発の吉松行きに乗車。電車ではなくディーゼル車が現役のローカル線。車両の種類は知らないけど旅らしくなってきました。

「熊野古道トレッキング」(「熊野の旅」を参照)を始めた頃、徒歩旅において鉄道の利用はチート行為という認識。全行程を自力で歩くことに意味があると思っていたのが、最近ではローカル線に乗るのも旅っぽいと思うように。いわゆる旅情派ってやつです。

但し、私のように徒歩で史跡を巡って野宿する旅は、観光旅行的な旅情派のイメージからは外れているらしい。温泉や宿泊を楽しむ旅が全てではないと思うのですが、レポを読んでいる人にはどう見えるのでしょうね?

嘉例川駅

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1319、嘉例川駅にて下車。やけに観光客が多いと思ったら有名な駅らしい。野宿できる無人駅、ぐらいの感覚で訪れましたが、この思考自体が根本的におかしい。

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JR肥薩本線の嘉例川駅。レトロな木造駅舎は明治36年(1903年)の開業以来、100年以上も現役。県内最古の駅舎として知られます。まあ、私は数分前に知ったばかりですけど……

せっかくだからカメラにフィルムを装填。ここからはFUJIFILM SUPERIA X-TRA 400(ネガ)を使用。リバーサルよりもレトロスペクティブに撮影してみましょう。
(詳細は「GEARS」を参照)

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駅舎内部の様子。待合室も良い雰囲気です。バスツアーの観光客がぞろぞろやってきました。誰も居なければ快適に寝られる空間。素晴らしい。

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意外と本数が多い時刻表。秘境駅名物の思い出ノートが置かれていました。地元の有志によって綺麗に維持・管理されており、旅人が想像する寂れた秘境駅感はありません。

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観光大使のにゃん太郎。働き方改革により月曜日は定休日とのこと。今日は12月31日の大晦日。月曜日に相当します。九州入りして3日目ということすら忘れていました。

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ホーム側の駅舎入口。こういう風景にはネガが最適です。もはや東方要素皆無の探訪になってますね。

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駅舎は登録有形文化財。文化財保護のため隼人町がJRから買い取り、現在では霧島市が所有していることになります。

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駅舎を出ると左手に嘉例川駅前公園。トイレと東屋があって寝場所に向いてます。嘉例川駅を発車する最終便は2142ですから、それを待たずに公園で寝るのもアリでしょう。

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再び駅舎内部。待合室の隣の事務室。嘉例川駅に関する展示物があって賑やかです。島根県の国鉄大社駅を思い出しました。

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嘉例川駅周辺の名所案内。マイカーが普及していなかった時代には、北西の高屋山上陵や南東の妙見温泉の入口として機能。寂れて無人駅になったのは昭和59年(1984年)でした。

ここから高屋山上陵まで4.5km。案内板に書かれている30分とか50分は明らかに誤り。徒歩行程に慣れきった私が20kgのザックを背負って、早足で歩いて1時間に収まる距離です。

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特急「はやとの風4号」が入線。JR的には無人化以降どうでもいい駅という扱いだったのが、その価値に気付いて平成16年(2004年)から特急の停車駅に。今では大々的にPRしています。

乗客の皆さんは5分間の停車時間で駅舎を見学したり、記念撮影したりと充実した鉄道旅行を楽しんでいる様子。邪魔にならないよう遠巻きに撮らせてもらいます。

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特急が発車すると、観光客もバスやタクシーでどこかに撤収。静かになった駅舎で高屋山上陵へのルートを確認します。もう1時間も休みました。

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1425、嘉例川駅を出発。気温は13℃。彦火火出見尊の高屋山上陵に向かいます。

高屋山上陵地図 
嘉例川駅から高屋山上陵に至る地図。鹿児島空港の北、R56とR504を乗り継いで4.5km。探訪後は同じルートで嘉例川駅に戻って野宿します。一応バスが運行していますが本数が限られており、徒歩で向かわなければなりません。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋。「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記しています。

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歩道が設置されていないR56を進行。山あいの緩いアップダウンです。

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鹿児島空港の誘導灯。早めに駅に戻ってゆっくりしたい。

鹿児島空港

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1500、鹿児島空港北の展望地。天気は快晴。暑くなってきました。

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R504に乗り換え。ここが中間点です。

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茶畑が広がり静岡のような風景。東には霧島連山。右に位置するのが高千穂峰です。これぐらい晴れたタイミングで鹿児島神宮を訪れたかった。

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R504も緩いアップダウン。地元のおじさんに応援されました。

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九州自動車道と高屋山上陵が見えました。地形的には標高393m。こじんまりした山です。

高屋山上陵

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1525、高屋山上陵の入口。嘉例川駅から1時間でした。

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彦火火出見尊の高屋山上陵。午前中の鹿児島神宮(p.4)でも書いたように、『古事記』によると彦火火出見尊は高千穂山の西に埋葬。『日本書紀』では日向の高屋山上陵に埋葬されたとあります。

初日に訪れた瓊々杵尊の可愛山陵(p.1)と同じく古くから所在不明になり、各地に候補地が点在。明治時代に当地の山陵が彦火火出見尊の御陵に治定され、現在では歴代の天皇陵と同じく宮内庁によって管理されています。

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石段を登ります。

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皇族のご先祖様の御陵ですから、参道は綺麗に整備されています。

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参道を抜けると拝所があります。

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穏やかな雰囲気の御陵。こうして神話の舞台探訪に熱中していると、日向三代の神々は確かに古代の日向に実在し、神日本磐余彦尊によって日本が建国されたと思います。

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拝所の奥には調査用の作業道。もちろん我々一般人は立入禁止です。

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拝所の反対側には宮内庁の詰所。天皇陵と同じく普段は無人となっています。

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東宮殿下(昭和天皇)と海軍大将の東郷平八郎、皇太子殿下と美智子妃殿下(現在の天皇皇后両陛下)の参拝記念碑。

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こちらは昭和天皇お手植えの記念樹。やはり皇族にとって特別な場所なのですね。

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山陵の西を進みます。

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南には噴煙を上げ続ける桜島。鹿児島のどこにいても火山が見えます。

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1610、南側の入口に戻りました。嘉例川駅に到着するのは17時過ぎ。日没に備えて夜間装備で出発。

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片道4.5kmのピストン。自転車を使いたいよ~

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R56に入りました。以前のレポにも書いているように、鹿児島のドライバーは全体的にのんびりした運転。無理な追い越しや飛び出しをせず、クラクションも皆無。バックパッカーやサイクリストに優しくて安全に歩けます。

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R56を外れて嘉例川駅へ。明日は日の出前にR56を東進します。

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集落に入って嘉例川駅に下ります。猫ちゃんが徘徊していました。

嘉例川駅

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1717、嘉例川駅に到着。本日の歩行距離は約15kmでした。「九州ツーリング II」で贅沢しすぎた反省から、今回は徹底的に野宿します。

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集落の様子。人の気配を感じません。大晦日だし誰も出歩かないのでしょう。

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駅舎に入って装備を広げ、やりたい放題。別の猫ちゃんが外から様子を窺っています。大事な装備に手を出そうとするので威嚇したら、余計に面白い人間と思われてしまったようです。

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駅舎の外で安全に自炊。ワンタンメンを作ります。絶対に木造駅舎内で火器を使用しないでください。絶対です。

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夕食と洗面を済ませて、あとは寝るだけ。2142の最終便を待たずに「嘉例川駅前公園」へ。

無人駅における野宿は最終便が発車してから実施し、始発までに撤収するのが旅人としてのマナーです。ちなみに肥薩線はディーゼル車が現役なので、「終電」なる表現は誤りです。間違えないように。

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公園の東屋にシュラフを展開。2018年最後の日でも、やっていることは平常通り。静かに寝ようと思っていたらマイカーの観光客が現れ、エアコンと音楽を響かせながらアイドリング。はよ帰れ。

20時過ぎ、ようやく静かになり就寝。
4日目、2019年に続きます。

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