東方巡遊記

九州探訪 III

目次

01
川内駅~新田神社/可愛山陵~霧島神宮駅~霧島神宮~高千穂河原
02
高千穂河原~霧島神宮古宮址~御鉢~霧島神宮元宮~高千穂峰/天逆鉾~高千穂河原
03
高千穂河原霧島神宮鎮守神社/若宮神社/御手洗川華林寺跡/両度川千滝亀石坂
04
霧島神宮~国分駅~隼人駅~鹿児島神宮~卑弥呼/卑弥弓呼神社~石體神社~宮内の田の神
05
~隼人塚~隼人駅~嘉例川駅~鹿児島空港~高屋山上陵~嘉例川駅
06
嘉例川駅~安楽温泉~犬飼滝~和氣神社~熊襲の穴~妙見温泉~国分駅~鹿児島中央駅

2018年12月30日(日) 2日目

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。サイト内に掲載している写真・文章等のコンテンツは、形態を問わず転載厳禁。野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引き取りください。

高千穂河原

2_109 2_110 
1300、午後の行程開始。高千穂河原ビジターセンターを出発。R408を引き返して霧島神宮へ。

2_111 
昨晩と同じく7kmの徒歩行程。マイカーの登山者が颯爽と走り去る中、黙々と車道を下ります。ここだけ自転車を使いたい。

2_112 
ペンションとの分岐を通過。あと1時間。

……と思っていたら、私の前に車が停まりました。「よかったら乗っていきません?」と言われてありがたく乗車。今回に限らず、フル装備で車道を歩いていると時々起きる展開。地元の鹿児島に久々に帰ってきたというお兄さんと談笑しつつ、霧島神宮まで乗せてもらいます。

2_113 
1402、霧島市観光案内所でありがたく下車。

本来なら2時間で歩かなければならなかった行程。いつも善良な人の助けが得られるわけではありませんし、通りすがりの車に乗せてもらうのが前提では他力本願すぎます。自力で道を進んでいるからこそ、こういう出会いが輝くのですね。

2_114 2_115 
今日の寝場所になる観光案内所。小休止してから出発します。

霧島神宮

2_116 2_117 
1430、R223に面した大鳥居から出発。鳥居の島木には天皇のシンボルである菊の御紋。奥に早朝から登った高千穂峰(p.2)が見えます。

2_118 
こじんまりした観光地。予定より1時間も早く、今からじっくり探訪できそう。

2_119 2_120 
2_122 2_121 
ロータリーを直進。神橋を渡って霧島神宮へ。霧島神宮が創建された経緯は昨日(p.1)書きました。

2_123 
2_125 2_124 
二の鳥居前の石段。初詣の準備が進んでいます。

2_126 2_127 
2_128 2_129 
二の鳥居をくぐって境内へ。準備中の雰囲気が好きです。

2_134 2_130 
2_135 
表参道を抜けると、左手に展望台があります。こんな時期でも観光客は多かった。

2_131 2_132 
2_133 
展望台から南西方面の眺望。桜島は分かりますよね。直接視認できませんが神代三山陵の位置も示されています。

2_136 
坂本龍馬と妻のお龍のパネル。新婚旅行で薩摩国を訪れたことが紹介されてました。神代に関心がある一方、幕末について何も知りません。今回のレポも天地開闢~平安時代の範囲に収まっています。

2_137 2_138 
徳富蘇峰の神聖降臨之詩碑。天皇が日本の中心という皇国史観に基づく詩。別に戦前の軍国主義的な主張をしているわけではありません。揉めそうな話題は極力書きたくないから、深入りしない。

2_140 2_139 
2_141 2_143 
神霊を招くという招霊木の前を通り、本殿エリアに向かいます。

2_146 
2_144 2_145 
三の鳥居。右手にはさざれ石があります。

2_147 2_148 
2_149 
三の鳥居の先が本殿エリア。賑わってますね。

2_150 2_151 
本殿前。念のため霧島神宮の由緒をおさらいします。

社伝によると欽明天皇元年(540年頃)、慶胤上人が御鉢~高千穂峰の脊門丘にて瓊瓊杵尊を奉斎。天孫をお祀りする霧島の社の起源であり、霧島神宮元宮となります。平安時代には性空上人が一帯の六社を修験道の拠点として整備し、いわゆる霧島六社権現を確立。神仏習合の一大霊場として発展しました。

霧島神宮元宮は霧島連山の度重なる噴火で炎上・焼失。平安時代の天暦年間(947年~957年)、性空上人によって高千穂峰西麓の高千穂河原に遷座されるも噴火によりことごとく焼失。戦国時代の文明16年(1484年)になって兼慶上人が現在地に社殿を移転。霧島西御在所六社権現と称し、別当寺として華林寺が置かれました。

古くは霧島岑神社が霧島六社権現の中心となる社だったようですが、長い歴史の中で荒廃や遷座を繰り返すうちに関係が変わり、今では霧島神宮が中心的な社に。明治時代の神仏分離・廃仏毀釈の影響を受け、現在の霧島神宮に仏教要素は残っていません。

2_153 
2_154 2_152 
御神木である樹齢800年の杉。文明16年の遷座より古くから存在します。

2_155 
本殿前の様子。カメラを2台携行していることもあり、「九州ツーリング I」に比べて撮影枚数が激増。構図のセンスを持ち合わせていないのは仕方ないとして、朱塗りの社殿を撮影するにはリバーサルのVelviaが最適です。

2_156 2_157 
勅使殿にて2度目の参拝。主祭神は天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊。相殿に妃の木花咲耶姫尊、彦火火出見尊と豊玉姫尊、鵜葺草葺不合尊と玉依姫尊、神倭磐余彦尊をお祀りしています。霧島神宮元宮や高千穂河原と同様、高千穂峰を遥拝する向きですね。

2_159 2_158 
本殿エリアの右には神楽殿。玉垣の間から勅使殿奥の拝殿が見えました。

2_160 
時刻は1525。日没まで余裕があります。これから霧島神宮周辺を探訪しますよ。

2_162 
2_163 2_164 
二の鳥居正面の車道まで戻ります。

2_165 
石段を下り、左手に延びる車道へ。

2_166 2_167 
分岐を右に入ります。

鎮守神社/若宮神社/御手洗川

2_169 2_170 
1545、若宮神社と鎮守神社。この辺りには霧島神宮に関連する史跡が点在。文字岩・亀岩・風穴・両度川・御手洗川・蒔かずの種・夜中の神楽から成る霧島の七不思議が紹介されています。

2_171 
高千穂峰を遥拝する向きの鎮守神社。霧島神宮の末社となります。

2_172 2_175 
祭神は天照大御神。孫の瓊瓊杵尊に葦原中国の統治を命じました。

2_174 2_173 
社殿の右手には性空上人墓。平安時代に霧島六社権現を整備した僧侶です。

2_178 2_176 
御手洗川と若宮神社。霧島神宮の末社です。

2_177 2_179 
祭神は天忍雲根命、水波能売神、市岐島姫命、大名牟遅神。冬場なので水量が少ないですが、5月頃には奥の岩穴から水が湧き出るとか。天孫降臨の際に高天原から持ってきた真名井の水が混じっていると伝わり、霧島の七不思議の一つになっています。

華林寺跡/両度川

2_182 
2_183 2_181 
更に車道を進んで華林寺跡と両度川。霧島神宮が霧島西御在所六社権現と称した頃は、別当寺の華林寺を中心に運営されていたようです。

2_184 2_185 
古い石段の右手に両度川があります。普段は涸れており、毎年6月頃に二度流れることから両度川と呼ばれ、霧島の七不思議の一つです。

2_186 
豪華な社殿の霧島神宮とは対象的に、明治時代の神仏分離・廃仏毀釈で消滅した華林寺の跡地。周辺は寺院や宿坊が立ち並ぶ一大霊場だったのが、殆ど破壊されてしまいました。本当に残念なことです。

2_188 
2_187 2_189 
高台に佇む兼慶上人墓。1500年ぐらい前に慶胤上人が天孫を奉斎したことに始まり、性空上人が整備し、兼慶上人によって中興された霧島六社権現。当地を整備した僧侶達は、華林寺跡を見てどう思うでしょうか?

2_190 2_197 
華林寺跡から先へ進みます。霧島川に砂防ダムが建設されていました。道は荒れており、自転車で走るには厳しいコンディション。

千滝

2_191 
2_196 2_195 
1620、宮之原橋から千滝の様子。写真ではスケールが分かり辛いです。

2_193 2_192 
新燃岳の溶岩が浸食されて出来た滝。地下水が崖から湧き出して滝になってます。神社や史跡以外は投げやりな紹介になる傾向。

2_198 
そろそろ寝場所に向かいましょう。明日は霧島神宮を下って鹿児島神宮へ。九州を出るまで快晴続きは無理でしょうね。

亀石坂

2_199 2_200 
1630、若宮神社と鎮守神社。亀石坂と呼ばれる旧参道で霧島神宮に戻ります。早朝から高千穂峰に登って午後もノンストップで探訪。今から、この石段を登るのは、結構、きつい、です。

2_201 
亀石坂を登ります。左右に霧島の七不思議の風穴と亀石があったのに、撮ってませんでした。補完でも撮り忘れはよくあります。

2_202 2_203 
2_204 2_205 
石段を登ると、霧島神宮の本殿エリアの裏手。案内板の猿田彦邸跡と野上神社が気になるけど、日没が迫っているので観光案内所に戻ります。

2_207 2_208 
せっかくだから山神社に寄り道。良い雰囲気です。

2_209 2_210 
大木の根元に鎮座する山神社。祭神は不明…大山祗命でしょうか。

2_211 
ここから高千穂峰まで、お嶽道と呼ばれる旧登山道が現存。湯之野の標識が入口。R480の西に位置するペンションの南を通り、沢沿いにR480と並行して高千穂河原に向かうルートになります。整備されているようには見えず、ナビゲーションが必要です。

2_213 2_214 
裏口から本殿エリアに入り、参道を引き返します。

2_215 2_216 
夕日に染まる桜島。そういえば昨日も見ましたね。

2_217 2_218 
同じような構図の写真を撮りながら境内を出ます。

2_220 2_221 
1713、一の鳥居に戻りました。本日の歩行距離は約12.5km。程よい探訪プランでした。

2_224 2_223 
2_222 
今日の寝場所となる「霧島市観光案内所」。年末年始で営業しておらず、足湯も稼働していません。観光客はホテルに引き上げて誰も案内所に立ち寄らず、私からすれば大変好都合。ゆっくり寝られそうです。

2_225 2_226 
いつも通りジュニアバーナーで自炊。日が沈むと気温が下がり、急に寒くなりました。手早く湯を沸かして濃厚カレーラーメンを作ります。グルメは興味無し。温かいインスタント麺で満足です。
(詳細は自炊セットのページを参照)

自炊セットを片付けたら洗面を済ませ、ウェットティッシュで体を拭いてリフレッシュ。昨日は到着が遅くて何もできませんでした。やはり夜間行程は極力避けるべきです。

2_227 
九州ツーリング II」で贅沢しすぎた反省から、今回は徹底的に野宿する方針。暗くなったら軒下のベンチに野宿セットを展開。グラウンドシート・ダウンシュラフ・シュラフカバー・エアマット&ピローから構成されています。
(詳細は野宿セットのページを参照)

19時を過ぎると気温は4℃。冬の九州でも4シーズンの装備で快適に就寝。
3日目に続きます。

ページトップに戻ります。

「九州地方の旅」のレポ一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。