東方巡遊記

九州ツーリング II

目次

01
プロローグ
02
鹿児島中央駅~鹿児島港~桜島港~愛宕枚聞神社~湯之平展望所~腹五社神社~垂水
03
垂水~志布志~串間~都井~南郷
04
南郷~鵜戸神宮~吾平山上陵~波切神社
05
~青島~青島神社~宮崎~宮崎神宮/宮崎縣護國神社
06
宮崎~江田神社/御池~高鍋~都農神社~美々津/立磐神社~東郷
07
東郷~椎葉~上椎葉ダム/日向椎葉湖~椎葉厳島神社/鶴富屋敷~国見峠~蘇陽
08
蘇陽~高森峠~南郷谷~箱石峠~阿蘇谷~阿蘇神社~国造神社~二重峠~大津
09
大津熊本小泉八雲旧居熊本城/加藤神社熊本駅
10
エピローグ

2017年8月18日(金) 7日目

旅の終わり。

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。サイト内に掲載している写真・文章等のコンテンツは、形態を問わず転載厳禁。野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引き取りください。

大津

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0450起床。予想に反して本降りの雨。

現在地は肥後国/熊本県菊池郡大津町の道の駅「大津」。野宿セットを撤収し、帰路を意識してパッキング。今日が実質最終日となります。

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雨天走行の準備を済ませ、ドライバーと談笑しつつ時間潰し。雨は次第に止んで小康状態に。午前中には晴れてくるらしい。

ルート上の補給が充実しており気温が異常に高く、結局、自炊セットとシュラフは一度も使用しませんでした。でも何が起きるか分からないので、フル装備のほうが安心。貧相な装備で苦労していた最初期の旅の反動でもあります。

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0630、出発。雲が晴れて青空が見えてきました。R57に乗って菊陽町に入り、西の熊本方面へ。郊外タイプの広くて走りやすい道です。

熊本

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0710、熊本市に入りました。鹿児島から熊本まで長かったような、短かったような。

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渋滞気味のR57からR28に乗り換え。市街中心部には熊本市電が運行しています。

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0830、JR豊肥本線、新水前寺駅前のファミリーマートで朝食。そういえば朝食無しで出発、2時間ノンストップで走ってきました。

地元のおじさんに「青春っていいな~」と羨ましがられ、旅の楽しさについて語ると興味深そうに聞いてもらえました。サイクルツーリストやライダーとの出会いは少なかったけど、地元の人との出会いが色々あった旅でしたね。

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0900、熊本城に向けて出発。

今回は宮崎の探訪ポイントを一括補完しただけでなく、日南海岸・椎葉・阿蘇では走りを楽しむこともできました。疲れ果てて志布志港に辿り着いた前回の旅と大きく異なり、まだまだ体力と気力に余裕があり…いや、気力だけです。

小泉八雲旧居

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熊本城の前に、小泉八雲旧居に寄り道。R28から路地に入ったところにあります。

熊本地図 
こちらが熊本周辺の地図。実は、鹿児島~宮崎~椎葉~阿蘇を経て熊本まで辿り着けるなんて思っていませんでした。全くのノープランなので探訪ポイントも用意していません。事後は熊本城に向かい、JR熊本駅で行程終了とします。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋。「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記しています。

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0922、蓮政寺公園傍らの小泉八雲旧居。日本研究者のパトリック・ラフカディオ・ハーン氏が、明治24年(1891年)から3年間暮らしていた住居です。

日本に憧れて来日したハーン氏は英語教師として各地を転任。初任地だった島根県の松江で小泉セツと結婚して半年間暮らした後、熊本で3年、神戸で2年勤務し、西洋文明に汚染された東京に移ります。松江や熊本での暮らしから『知られぬ日本の面影』や『東の国から』等、日本の原風景を世界に伝える大変優れた著作を発表したハーン氏。明治29年(1896年)には、日本に帰化して小泉八雲と改名します。

最も有名な著作は明治37年(1904年)に発表された『怪談』。ハーン氏が妻から聞いた伝説をまとめて再構成した作品集です。明治43年(1910年)に『遠野物語』を発表した柳田國男氏と同じく、文明が急速に発展していく時代に敢えて日本の古い伝説を紹介。今では民俗学という学問の先駆けとして認識されています。

御存知かと思いますがハーン氏が名乗った「八雲」とは、『古事記』と『日本書紀』に記されて出雲国の枕詞になった素盞嗚尊の歌、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」に因みます。東方的には「妖々夢」に登場する八雲紫のネーミングと同じ由来。秘封倶楽部のマエリベリー・ハーンの元ネタとも考えられます。

熊本城

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1040、荷物の整理を終えて出発。復旧工事中の熊本城天守が見えました。

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ここで日本縦断中というランナーのお兄さんに出会いました。北海道を出発して1日に50~60km走り、60日間で走破するらしい。小型のハイドレーションパックのみ背負ったウルトラライトな装備。公園で野宿したり、民家に泊めてもらっているんだって。

フル装備で自転車に頼りきって走るサイクルツーリストと、最低限の装備で道を踏みしめて走破する精強なランナー。スタイルは正反対でも、旅人という種族の精神は同じ。お互いの無事を願って別れるのでした。

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1103、坪井川に架かる行幸橋。熊本城を築いた武将、加藤清正公の像がありました。初代熊本藩主として優れた指導力を発揮したと伝わり、熊本では今でも清正公さんと呼ばれて親しまれています。

安土桃山時代の慶長11年(1606年)、清正公が隈本城跡に新しい城を築き上げた後、それまで隈本と表記していたのを熊本に改めました。この辺りの歴史は何もかも知らないので割愛するとして、明治時代には肥後国に相当する熊本県が誕生しています。

レポの内容からお分かりかと思いますが、私が得意とする歴史は天地開闢から平安時代まで。戦国時代や安土桃山時代のことは全く分かりませんし、江戸時代で知っているのは東海道五十三次の整備ぐらい。歴史には色々なジャンルがあって、網羅するのは不可能です。

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行幸橋を渡ると熊本城入口。ここまで約26.5km。自転車を置いて観光します。清正公や熊本城について紹介できるような知識はありません。写真だけ掲載するので、詳細は専門の資料を参照してください。

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昨年の熊本地震で甚大な被害を受けた熊本城。立入禁止エリアの外側に復興見学ルートが設けられています。地震で観光客が減ったようには感じられず、結構賑わってました。

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二の丸広場から宇土櫓・小天守・大天守の様子。大小天守が損壊し、石垣も各所で崩落したままです。完全復旧には20年かかり、費用は600億円を超えるとか。

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崩落した石垣は番号を振って並べられています。元の位置に戻すため、画像処理ソフトを用いるらしい。本格的な復旧工事は今年始まったばかり。長い道のりです。

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根元が崩れても無事だった戌亥櫓。フレコンで補強された石垣の間を通り、清正公をお祀りする加藤神社に向かいます。

加藤神社

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加藤神社にやってきました。

社伝によると明治元年(1868年)、清正公を祀る浄池廟を神式で奉斎したのが当社の始まり。同4年(1871年)には神仏分離で城内に錦山神社が創建されました。その後、日本陸軍の熊本鎮台が置かれたことから城外に遷座。西南戦争で社殿を焼失するも、まもなく再建されています。

明治42年(1909年)、清正公三百年祭に際して加藤神社に改称。昭和37年(1962年)には再び熊本城内に遷宮し、現在に至ります。清正公は様々な要素と習合して信仰されてきたそうですが、専門外なので割愛させてください。

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境内へ。賑わってます。

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拝殿にて参拝。主祭神は加藤清正公。大木兼能公と韓人金官公を合祀しています。

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境内から復旧工事中の大小天守が見えます。地元では復興のシンボルに位置付けられている熊本城。天守の復旧&耐震改修工事が最優先で進められ、大天守は2019年、小天守は2021年の完成予定です。

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地震の影響を殆ど受けなかった宇土櫓。熊本城の損壊についてテレビで見た程度でしたが、実際に訪れると城全体が大変な被害を受けていました。同時に、絶対に復興するという地元の不屈の精神も感じます。皆さんも熊本城を訪れて、復興の様子を見学してみてください。

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熊本城周辺を適当に散策。東側には熊本大神宮や熊本城稲荷神社があります。早朝の雨はどこに行ったのか、今日も快晴になりました。

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1305、熊本城を出発。ゴールの熊本駅へ。市街地の構造がよく分からず迷ってしまう。気温は38℃ぐらい。鹿児島より暑いよ!

熊本駅

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1335、R22で白川を渡りJR熊本駅に到着。本日の走行距離は約31.8km。行程終了です。

8月12日にJR鹿児島中央駅を出発して九州南部を快走。晴天に恵まれ、7日間で約550.1km走ることができました。これほど晴れ晴れとしたツーリングは久しぶりです。

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鹿児島本線・豊肥本線・九州新幹線が乗り入れる大きな駅。R28に沿って熊本市電の熊本駅前停留場もあります。早速、明日の準備を始めましょう。

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14時過ぎ、予約しておいた「「JR九州ホテル熊本」」にIN。

駅の隣にあるので、今日のうちに輪行の準備を済ませます。輪行だけでなくバッグを送り返す必要があるため、フロントバッグ・サイドバッグ・パニアバッグを下ろし、出張中らしいサラリーマンに睨みつけられながら作業実施。悪いね~私も社会人だけど遊び人の精神は健在なんですよ。

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歴戦のマシンを労りながら輪行バッグに収納。部屋に持ち込むのは無理ですからフロントに預けます。なるべく混雑を避けて輪行するため、明日は始発の新幹線を利用してスムーズに帰りましょう。

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ゆっくりするのは、やることを全て終えてから。最低限の装備を残してサイドバッグとパニアバッグをパッキング。これもフロントに預け、ヤマト運輸を利用して自宅に送り返します。色々やっているうちに2時間も経ってしまいました。

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熊本駅で時刻表を確認して切符を購入。ファミリーマートで買い出しを済ませてシャワーを浴び、一息ついたら一人宴会を開催。最高に贅沢してますね。

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2030、九州の旅に満足して就寝。明日は帰るだけ。

2017年8月19日(土) 8日目

帰路。

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0400起床。体中が重くてだるい。

朝食と洗面を済ませると、フロントで自転車を回収してチェックアウト。素早く撤収する流れは野宿と全く変わりません。やっぱり最後まで過密スケジュールでした。

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0505、誰もいないJR熊本駅。まだ新幹線の改札は開いていません。

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改札がOPENしたのでホームにて待機。混雑を避けてゆったり帰ることができそう。

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0601発のJR九州・山陽新幹線「さくら540号」に乗車。

この車両の乗客は私とサラリーマンの2名だけ。鉄の趣味を持っていないので車両の種類はよく知りませんが、同じN700系でも東海道新幹線とはカラーリングと内装が異なります。なんとなく九州のほうが快適かも。

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「さくら540号」が新大阪駅に向けて発車します。

『ツーリングマップル』を開いて行程を整理。たった1週間で九州南部を補完したツーリング。帰ってからのレポ執筆が思いやられるのでした。あぁ~疲れた。しばらく仮眠させてもらいます。

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0954、JR新大阪駅にて下車。ここは摂津国/大阪府大阪市西淀川区です。あっという間に畿内/本州に帰ってきました。

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在来線に乗り換えて兵庫県の最寄駅へ。新大阪駅はいつでも混雑しています。

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1043、最寄駅にて下車。適当に自転車を組み立てて帰りましょう。バーテープやサドルは破れてボロボロに。そろそろオーバーホールの時期です。

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九州よりも薄い本州の青空。蒸し暑さは変わらず、もう耐えられません。自宅に帰り着いたのは11時半のこと。短いながらも充実した旅が終わり、次の旅の準備が始まります。

次ページ、旅のまとめと今後の展望です。

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