東方巡遊記

九州ツーリング II

目次

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プロローグ
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鹿児島中央駅鹿児島港桜島港愛宕枚聞神社湯之平展望所腹五社神社垂水
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エピローグ

2017年8月12日(土) 1日目

南国超特急。

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。サイト内に掲載している写真・文章等のコンテンツは、形態を問わず転載厳禁。野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引き取りください。

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0350に兵庫県の自宅を出発し、0355にJRの最寄駅到着。時間に余裕があるので、ゆっくり輪行作業に取りかかります。

輪行とは電車で自転車を輸送すること。自転車を分解して、輪行バッグという専用の袋に入れて運びます。フェンダーを外すのが若干面倒で、作業完了までピッタリ30分です。
(詳細は自転車用バッグのページを参照)

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ホームに移動して待機中。13kgのマシンを携えて輪行するのは大変です。ここからJR鹿児島中央駅まで4時間ぐらい。到着すると速やかに自転車を組んでバッグを積載、宮崎方面に向けて行程開始となります。初日から忙しい。

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JR新大阪駅にて乗り換え。0600発の山陽・九州新幹線「みずほ601号」に乗車します。夏休みシーズンということで、新幹線は始発から超満員。とりあえず自転車を置くスペースは確保したので一安心。では、九州に乗り込みましょう。

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……既に西海道/九州に入っています。博多駅でようやく座ることができました。

実は昨年実施する予定だった九州補完ツーリング。宮崎港行きのフェリーが満席でやむなく保留となりましたが、その後、もっと効率のいいルートや探訪ポイントが見つかり、初期計画より充実したプランになった事情があります。

今年の夏期遠征は、本来なら東北ツーリングの予定。しかし雨が避けられそうにないことが発覚してキャンセル。急遽、保留していた九州補完ツーリングの実施を決定し、装備の送り先を鹿児島に変更したのでした。

鹿児島中央駅

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0946、JR鹿児島中央駅にて下車。天気は快晴。焦げるような暑さです。

ここは薩摩国/鹿児島県鹿児島市。新幹線を利用すれば超速でアクセスできる一方、フェリーに比べると九州に上陸したという実感が乏しく、旅っぽさは少ないです。それより輪行で疲れてしまいました。

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自転車を組む前に、駅前の鹿児島中央郵便局へ。まずは自宅から局留めで送った装備を受領します。

こうして遠方から出発する場合、自転車と装備を携えて輪行するのは物理的に不可能。そこで、事前に自宅から現地の郵便局へ嵩張る装備を送り、当日に受け取る局留めというシステムを利用しています。

装備の内容はサイドバッグ・パニアバッグ・キャリアの枠。全ての装備をまとめて送ってしまうと不便なこともありますから、地図や小物類といった最低限の装備はフロントバッグとナップサックで携行します。

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日陰の適当なところで出動準備。自転車を組み立ててバッグを積載します。

東北ツーリング用のパッキングから変換しておらず、今回の九州補完にはオーバースペックかもしれません。まあ、キャンプツーリングで多少軽量化したからといって総重量は大して変わらないし、メリットもありません。これぐらいが丁度いいと思います。

1110、自転車と装備の点検を終えて出発。ここから九州南部の旅がスタートします。

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3年ぶりに訪れた鹿児島中央駅。鹿児島本線・指宿枕崎線・九州新幹線が乗り入れる大きな駅です。平成16年(2004年)、九州新幹線の開業に伴い西鹿児島駅から鹿児島中央駅に改称。平成26年(2014年)にリニューアルが完了し、鹿児島の中心駅として機能しています。

市街中心部には鹿児島市電も運行。私は路面電車の街が好きです。

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広くて綺麗な鹿児島市街。大久保利通像の前を通って鹿児島港へ向かいます。明治維新の立役者である西郷隆盛と大久保利通は薩摩国出身者。江戸幕府を廃して天皇を中心とする国を復活させた維新から150年。鹿児島では、日本の近代化に貢献した偉人として顕彰されています。

……とは言ったものの、古い史跡を巡る旅をやっていると明治維新以降に多くの文化が葬り去られたことに気付きます。私は西洋文明を謳歌しているし維新を否定する気もありませんが、明治の近代化の影で多くの文化や信仰が失われたのは本当に残念だと思います。すいません。いきなり難しい話題になってしましました。

鹿児島港

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なんとなく鹿児島港にやってきました。太陽が照りつけ、これでもかというほど南国ムード。前回の鹿児島とは正反対のコンディションです。気温は35℃ぐらい。暑い…暑すぎる!

東に見えるのは以前とんでもない目に遭った桜島。雨と火山灰でマシンをやられ、二度と走るつもりはありません。充実のプランと言っておきながら宮崎以外は完全にノープラン。どうやって宮崎に入るのか、初日のルートすら未定のままです。

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1155、鹿児島港フェリーターミナル。ここまで約5km。何故か桜島に渡ります。

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桜島フェリーの「第十五櫻島丸"チェリークイーン"」に乗船。マイカーの観光客で混雑しています。

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1200、出港。鹿児島湾(錦江湾)を横断して、桜島港まで約15分。フェリーに乗って旅らしくなってきました。

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噴煙を上げる桜島の様子。恐ろしい島ですが、鹿児島のシンボルでもあります。

島そのものが火山活動によって形成され、現在でも噴火の続く活火山として知られる桜島。噴火で流出した溶岩で大隅半島と陸続きになっており、地形的には島というより半島の一部だったりします。最高峰は標高1117mの御岳(北岳)。南に中岳(1060m)と南岳(1040m)があり、その周囲には多くの寄生火山が存在しています。……と、前回のレポからコピペ。

桜島港

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1215、桜島港フェリーターミナルにて下船。運賃は料金所で支払います。自転車込みで270円でした。

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ひとまず午後のルートを検討。

桜島北岸のR26を走り、牛根麓の道の駅まで25kmほど。南の垂水市街まで下るとライダーハウスが存在しています。せっかく桜島に上陸したのだから湯之平展望所(373.8m)まで上り、今日は垂水のライダーハウスに泊まるのが良さそうですね。

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走り出す前にローソンにピットイン。暑すぎて給水が追いつかない予感……

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1240、出発。湯之平展望所に向かいます。 R224に乗って道の駅「桜島」を通過。野宿できそうなところは色々ありますけど、火山灰が降るから全くオススメできません。

古代には九州南部の地域を日向と称したようで、飛鳥時代末期、律令制の成立に伴って日向国が誕生。大宝2年(702年)に唱更国、和銅6年(713年)に大隅国が独立。唱更国は薩摩国に改められ、長らく西の薩摩国、東の大隅国、北の日向国という行政区分が用いられました。

明治時代には歴史的な行政区分が一新。西南戦争の混乱を経て、日向国に相当する宮崎県、薩摩国と大隅国を統合した鹿児島県に落ち着きました。鹿児島は桜島の古い表記である麑島に由来するらしい。

桜島は大隅半島と繋がる前から大隅国に属していたのが、昭和25年(1950年)、桜島東部の鹿児島郡東桜島村が鹿児島市に編入。平成16年(2004年)には西部の鹿児島郡桜島町も鹿児島市に編入。現在では桜島全域が薩摩側の鹿児島市に属しています。

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展望所への分岐を通り過ぎて、野尻川に架かる野尻橋から桜島の山容。噴火に備えて退避壕が各所に設置されています。

桜島は古くから噴火を繰り返しました。『続日本後紀』によると奈良時代、淳仁天皇御代の天平宝字8年(764年)に、大隅国と薩摩国の境界で雷のような音とともに煙が空を覆い、炎が現れました。この時、麑島(鹿児島)の信爾村の海に三つの島が生まれたと記載されており、詳細不明ながら桜島の噴火を伝える記録と考えられています。

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R224から逸れて展望所へ。 南岳・昭和火口の周囲2kmは火山活動のため入山規制中。御岳の西に位置する湯之平展望所が入山可能な最高地点です。噴火の歴史は…説明するときりがないから省略させてもらいます。

愛宕枚聞神社

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坂道の途中に愛宕枚聞神社がありました。 大正3年(1914年)の大噴火の後。愛宕神社と枚聞神社が合祀。扁額が外れかけています。

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明らかに噴火を想定した堅牢な社殿。火皇産霊神と天照皇大神をお祀りしています。

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展望所まで険しい上り。南岳の辺りで小さな爆発が起き、轟音が響きました。この程度は桜島の日常で、気にしなくていいらしい。そーなのかー!?

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373.8mのピークに展望所が見えました。西には、鹿児島湾を挟んで鹿児島市街。上りは続きます。

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小休止を入れて、自転車を押しながら上ります。何故こんなルートを選んでしまったのやら。

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もうすぐ展望所……

湯之平展望所

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1430、湯之平展望所に到着。出発から約13.7kmで早くもバテそうです。フル装備の自転車で上るのはどう考えても無謀。観光バスやマイカーの利用を強く推奨します。高千穂河原よりは楽ですけど。

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展望所の東には荒々しい山体。噴煙を上げる活火山を間近で見ることができます。きついルートだったけど、上った甲斐はありましたね。

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鹿児島市街と姶良市街の眺望。今回は快晴のツーリングになってほしい。

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1500、出発。展望所からR26に急降下します。垂水に着くのは17時頃になりそう。

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R26で垂水方面へ。地図上では走りやすそうに見える桜島。実際にはアップダウン続きの火山らしい地形で、短いながらも自転車には手応えのあるルートです。

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突然風向きが変わり、北麓に火山灰が降ってきました。

降るというか、横から吹き付けられて走れないレベル。アイウェアを着用していなければ眼を痛めているでしょう。ヘルメットは当然として、ツーリングでは眼の保護がとても重要。色付きのサングラスは風景が変わるから使わないスタイルです。
(詳細はアイウェアのページを参照)

腹五社神社

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火山灰が止んで行程再開。1645、黒神中学校前にやってきました。ペースがどんどん落ち、体力の衰えを感じます。

降灰は一時的なもので、自転車とバッグに少し付着した程度。前回のようにマシンが損耗するほどではありませんでした。とは言え、全身に火山灰を浴びてジャリジャリします。ウェットティッシュで体を拭きたい。

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大正3年(1914年)の大噴火で埋没した腹五社神社の鳥居。噴火の猛威を伝えるため、当時のまま保存されています。また爆発の轟音が聞こえてきました。

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火山灰が堆積した境内。

祭神は日向三代の夫婦神。すなわち瓊々杵尊と木花咲耶姫命、彦穂々出見尊と豊玉姫命、鵜葺草葺不合尊と玉依姫命を桜島の鎮守の神様としてお祀りしているそうです。木花咲耶姫命は噴火を鎮める女神でしたね。

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1700、垂水に向けて出発。アップダウンの連続で前に進みません。

午前中、新幹線で九州に乗り込んだばかり。まだ体が旅モードになっていないにも関わらず、炎天下の急坂&アップダウンを選んだのは失敗でした。昼休憩も無しでノンストップ。初日から無茶しすぎです!

垂水

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R220に乗り換え、垂水市に入りました。大正大噴火の影響で瀬戸海峡が埋まってしまい、現在の桜島は大隅半島と陸続きになっています。鹿児島県に統合される以前は大隅国でした。

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1830、垂水市街。ギリギリ日没前に辿り着きました。何かイベントがあるようで、地元の人達が集まっています。

待望のライダーハウスは何処にも見当たらず。街中を探し回っていると、既に存在しないことが発覚。3年前、多くの旅人達に惜しまれつつ閉鎖されたそうです。その後OPENしたライダーハウスも現在改装中とのこと。こうなっては仕方ありません。今から別の寝場所を探しましょう。

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で、垂水港フェリーターミナルに到着。ここまで約54km。午後だけで相当走ったと思います。暗くなったら、ひっそりテントを張らせてもらいますよ。

と思っていたら、鹿児島港からフェリーで続々と人が集まってきました。本日は「たるみずふれあいフェスタ2017夏祭り」なる花火大会がある模様。ここは寝場所に適していません。一旦テントは諦めて夕食にします。

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20時前、セブンイレブンにて休憩タイム。水分だけ大量に消費して食欲は湧きません。

疲労で脚が動かず、熱中症寸前。最近のツーリングは過密スケジュールで強行軍が前提。体力が衰えたというより、以前よりエスカレートしているだけ。滅茶苦茶な行程だったことを、後になって猛反省するのでした。

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花火大会が始まったので会場へ。6千発もの花火が打ち上げられ、とても賑わっています。寝場所を探しつつ、それなりに楽しませてもらいました。

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会場付近に静かで目立たない公園を発見。速やかにテントを設営し、寝る準備にかかります。ウェットティッシュで汗と火山灰を拭いてリフレッシュ。蒸し暑いのでシュラフは不要。今夜はゆっくり寝たい。 初日の走行距離は約57.2kmとなりました。

22時過ぎ、花火大会が終わる頃に就寝。
2日目に続きます。

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