東方巡遊記

伏見稲荷大社探訪 V

2022-08-07 改訂
2009-05-29~2022-07-30 実施

「東方巡遊記」にアクセスしていただき、誠にありがとうございます。当サイトの情報は一旅人の感想に過ぎません。記載内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねますので、必ずサイトの趣旨を理解した上で記事をお読みください。サイトに掲載する写真・文章等の著作権は管理人のMarcyが有します。コンテンツの転載や二次使用は形態を問わず固く禁じます。

目次

01.「伏見稲荷大社探訪」の目次と概要

04.伏見稲荷駅から疏水を渡り稲荷駅へ

伏見稲荷駅稲荷児童公園/琵琶湖疏水/稲荷停留所跡稲荷駅

深草郷から始まる稲荷探訪京都駅から伏見稲荷駅へのアクセス「いなこん」と京阪電車3番目の稲荷駅だった伏見稲荷駅京都一周トレイルのご案内深草トレイルのご案内高瀬川と琵琶湖疏水京都電気鉄道の稲荷線官設鉄道稲荷駅の開業

伏見稲荷駅から疏水を渡り稲荷駅へ

京阪伏見稲荷駅

京阪本線の伏見稲荷駅
2014年4月25日。0545、再び京阪本線の伏見稲荷駅からスタートします。

深草郷から始まる稲荷探訪

ここは京都府京都市伏見区の深草。歴史的な行政区分は山城国紀伊郡深草郷です。紀伊郡とあるように古代には豪族の紀氏の拠点だったとみられ、後には朝鮮系 渡来氏族の秦氏が暮らした地として知られます。伊奈利社(伏見稲荷大社)は奈良時代初期の和銅4年(711年)、秦氏によって創建されたと伝わり、社とし ての歴史は1300年以上。稲荷山の信仰自体はそれ以前から存在します。

京阪本線の伏見稲荷駅(旧駅舎) 京阪本線の伏見稲荷駅(旧駅舎)
2014年4月25日と2015年4月25日。 京阪伏見稲荷駅。西側には淀屋橋・中之島方面の駅舎。伏見稲荷大社を意識したデザインです。

京都駅から伏見稲荷駅へのアクセス

遠方から京都を訪れて伏見稲荷大社に参拝する場合、京都駅まで新幹線を利用し、JR奈良線に乗り換えて稲荷駅(後述します)で下車するのが一般的です。京阪本線は京都駅に乗り入れておりませんので、伏見稲荷駅で下車するには東福寺駅までJR奈良線を利用。そこから京阪本線に乗り換える必要があります。少し遠回りですが、近鉄京都線で丹波橋駅まで下って京阪に乗り換える手法も。「いなこん」ファンはお試しください。

尚、伏見稲荷大社の最寄駅であるJR稲荷駅は観光客が集中し、昼間は利用不能になるほど混雑します。京都駅と直通しない京阪本線はJRほど混みませんので、人混みを避けたい方は京阪伏見稲荷駅を使うといいでしょう。私は京阪が好きなこと、混雑を避けられること、琵琶湖疏水を渡って参詣できること、の3つの理由から伏見稲荷駅を利用しています。

「いなこん」と京阪電車

ご覧の通り、京阪伏見稲荷駅は「いなこん」のOPで墨染さんが歩いている場所。いなりちゃんと墨染さんは2話で伏見稲荷駅から地下鉄蹴上駅に向かっています。作中では、駅名が「京阪電車 伏見稲荷駅」→「京阪電車 伏見伊奈里駅」、標識が「伏見稲荷大社」→「伏見伊奈里大社」に変わっている以外はそのままです。(墨染駅については「墨染寺探訪」を参照)

「いなこん」の登場人物の名前は京阪の駅名に由来します。主人公の「伏見いなり」はもちろん、丹波橋・墨染・三条・丸太町、その他のモブキャラも駅名由来です。2014年の放送当時は駅にキャラクターのパネルを設置したり、オリジナルのヘッドマークを掲げた車両を運行するなどのタイアップ企画が行われました。ヘッドマークの写真は、鉄道マニアを兼ねた探訪者のブログ等で見られます。

稲荷山地形図
伏見稲荷大社の参詣道。江戸時代の街道と運河、明治時代の鉄道と疏水が南北に通り、それらを東西に結ぶ街道と鉄道も設けられました。参詣道と鉄道の歴史は少しややこしいので、この地図で位置関係を把握しながらお読みください。

国土地理院の「地理院地図(新版)」にポイント及びルートを追記しています。

3番目の稲荷駅だった伏見稲荷駅

伏見稲荷大社探訪 V|明治時代の稲荷新道と路面電車跡
鉄道が存在しない時代、稲荷社の参詣には本町通(伏見街道)、または高瀬川から東に延びる稲荷道が利用されました。明治28年(1895年)、竹田街道沿いに京都電気鉄道の稲荷道停留所が仮開業。それに伴って崇敬者の土井柾三氏が京電と稲荷神社を結ぶ新たな参詣道を整備し、江戸時代の稲荷道に対して「稲荷新道」と名付けられました。明治37年(1904年)には京電の稲荷線と稲荷停留所が開業します。(京電と稲荷新道についてはp.30を参照

明治43年(1910年)、京都の五条駅~大阪の天満橋駅を結ぶ京阪電気鉄道の路線が開通。琵琶湖疏水に沿って稲荷新道駅(現在の伏見稲荷駅)と稲荷駅(現在の龍谷大前深草駅)が置かれました。稲荷神社の参詣には稲荷新道駅のほうが便利だったことから、同年に稲荷新道駅→稲荷駅、稲荷駅→深草駅に改称されています。京阪稲荷駅は官設鉄道の稲荷駅、京電の稲荷停留所に次ぐ3番目の稲荷駅でした。(官設鉄道は後述します)

大正時代に京阪の運営が軌道に乗ると、稲荷駅も稲荷神社の玄関口としての地位を確立。昭和14年(1939年)に稲荷神社前駅に改称されました。戦後、稲荷神社が伏見稲荷大社に改称されたことに伴い、昭和23年(1948年)に稲荷神社前駅から伏見稲荷駅に改称。駅舎を改修しながら現在に至ります。(「伏見稲荷大社」に改称した事情はp.5を参照

京都一周トレイル東山コース1番の標識 京都一周トレイル東山コース1番の標識
京都一周トレイル東山コースの地図
2014年4月25日と2015年4月25日。 駅前には京都一周トレイル東山コース、1番の標識(以降E-1と表記)。外国人観光客にも読めるよう英語併記のプレートになっています。「いなこん」のOPではこの標識まで再現されました。

京都一周トレイルのご案内

京都一周トレイルは京都市街に接する里山に整備されたトレイルコース。その名の通り京都を一周(正確には北側を半周)できるのが売りで、都市の周りにこれほど豊かな自然が残っていたのかと驚かされます。東山コースは伏見稲荷駅を起点として、伏見稲荷が鎮座する稲荷山中腹から東山を縦走するルート。比叡山のケーブル比叡駅付近のE-74がゴールです。頑張れば一日で踏破できますが、分割してゆっくり自然や史跡を楽しむほうがいいですよ。

京阪本線の伏見稲荷駅(新駅舎) 京阪本線の伏見稲荷駅(新駅舎)
2018年5月20日と10月14日。伏見稲荷駅の新駅舎。平成29年(2017年)に駅舎がリニューアルされ、伏見稲荷風の外見は残しつつ現代的になりました。いい感じに古びれた伏見稲荷大社の看板は撤去済み。残念やけど、もう「いなこん」の風景は再現できへんの。

京阪伏見稲荷駅の新駅舎 京阪伏見稲荷駅の新駅舎と5000系
京阪伏見稲荷駅の新駅舎と1000系 京阪伏見稲荷駅の新駅舎
2019年8月4日と2022年6月4日。同じく伏見稲荷駅の新駅舎。伏見稲荷周辺の風景は少しずつ変わっており、新しくなった箇所も補完する必要があります。伏見稲荷だけでなく、アクセスの段階から詳しく紹介するのが本記事の特徴です。

京阪伏見稲荷駅の新駅舎 京阪伏見稲荷駅の看板
京阪伏見稲荷駅の新駅舎 京阪伏見稲荷駅の新駅舎
2021年7月25日、2022年6月4日、2019年8月4日。淀屋橋・中之島方面の新駅舎です。「伏見稲荷駅」の看板と狐像が新設され、路線図も変わっていることにお気付きでしょうか?

京阪伏見稲荷駅の路線図 京阪伏見稲荷駅の路線図
2019年8月4日と2022年6月4日。英語が併記された観光客向けの路線図。伏見稲荷への道標の役割もあります。

京阪伏見稲荷駅の白狐像
2021年7月25日。伏見稲荷駅前に佇む白狐像。親切な人が帽子とスカーフを掛けてくれたようです。まるでお地蔵様です。

10 13 11
2022年6月4日。「伏見稲荷駅」の看板と白狐の石像。銘板を確認すると京都精華大学の中の人の作品でした。上掲の写真と照らし合わせると、2018~2019年の間に設置されたようです。後学のためにも、銘板にはどうか制作年月日を記載してください。お願いします。

京都一周トレイル東山コース1番の標識 京都一周トレイル東山コース1番の標識
2018年5月20日。駅舎の改修に伴い、E-1の標識が移設されました。チェックポイントとして重要なので確実に撮影すること。

京阪伏見稲荷駅の駅舎 京阪伏見稲荷駅の案内板
京阪伏見稲荷駅の案内板 京阪伏見稲荷駅の駅舎
2021年7月25日。淀屋橋・中之島方面のホームへ。伏見稲荷大社で斎行される祭事が掲示されており、伏見稲荷の表参道入口の役割を担います。4枚目の駅名看板は旧駅舎時代の流用ですが、新駅舎の構造に合わせて横幅が短くなっています。

京阪伏見稲荷駅の改札 京阪伏見稲荷駅の改札京阪伏見稲荷駅の券売機 京阪伏見稲荷駅の運賃表
2021年7月25日と2022年6月4日。改札と券売機。ICカード(PiTaPaとICOCA)に対応します。ちなみに私はICOCA派です。

京阪伏見稲荷駅の駅名標 京阪伏見稲荷駅の時刻表
2022年6月4日。伏見稲荷駅(KH34)の駅名標と時刻表。通勤準急・準急・急行・普通が停まります。

京阪電車の2200系
京阪伏見稲荷駅のホーム
京阪伏見稲荷駅のホーム
2021年7月25日と2022年6月4日。淀屋橋・中之島方面のホーム。1枚目の古そうな車両は2200系。鉄道の趣味は持っていないので、車両の詳細は分かりません。

京阪伏見稲荷駅のホーム 京阪伏見稲荷駅のホーム
2019年8月4日と2021年7月25日。三条・出町柳方面のホーム。駅構内も伏見稲荷風のデザインです。

稲荷児童公園

稲荷児童公園 深草トレイルの地図稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日と2019年8月4日。駅前からR119を東に進むと、稲荷橋の手前に稲荷児童公園があります。この公園は「いなこん」の原作14話に相当するOVAに登場しました。公園前には深草トレイルの案内板が設置。伏見工業高校産業デザイン科の学生さんが手掛けました。

深草トレイルのご案内

深草トレイルは伏見稲荷駅を起点として稲荷山周辺を歩いたり、藤森駅を起点に大岩山や伏見城を探訪するトレイルコース。ハイキングが主体の京都一周トレイルに比べると歴史探訪寄りです。東山には美しい自然や興味深い史跡が沢山残されておりますので、伏見稲荷に限定せず色々組み合わせて歩いてみてください。深草という地域を知ることが、深草に創建された伊奈利社の理解にも繋がります。

夕されば 野辺の秋風身にしみて 鶉(うずら)鳴くなり深草の里

鶉鳴く をりにしなれば霧こめて あはれさびしき深草の里

平安時代の歌人、藤原俊成と西行法師の歌。深草は古い歴史を持つ風情ある里なのです。

子育て地蔵尊 子育て地蔵尊
子育て地蔵尊 子育て地蔵尊の由来
2021年7月25日。伏見稲荷の参拝者を見守る子育て地蔵尊。明治23年(1890年)、琵琶湖疏水(後述します)の工事中に水田幸次郎氏の所有地から4体のお地蔵様が発掘。驚いたりや有難いやらで祓い清め、地元に寄贈されて子供の無病息災を祈る地蔵尊として崇敬されています。

琵琶湖疏水

琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 
2014年4月25日と2019年8月4日。稲荷児童公園を通り過ぎ、稲荷橋で琵琶湖疏水を渡ります。

早朝の琵琶湖疏水 早朝の稲荷橋 
2019年2月24日。早朝の琵琶湖疏水と稲荷橋。疏水の東をJR奈良線が通ります。この時間に散歩するのは涼しくて気持ちいいです。

稲荷橋の擬宝珠 稲荷橋の擬宝珠 
琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 伏見稲荷大社付近名所案内図 
2021年7月25日。昭和36年(1961年)、琵琶湖疏水に架けられた稲荷橋。朱塗りの欄干と擬宝珠が設けられ、伏見稲荷の参道に相応しいデザインです。踏切前には「伏見稲荷大社付近名所案内図」が設置。この案内図も分かりやすいです。

「健康長寿のまち深草」の案内板 「健康長寿のまち深草」の案内板 
2022年6月4日。稲荷橋の東詰に「健康長寿のまち深草」の案内板が新設。京都工学院高校の学生さんが手掛けました。かわいい鳥さんは深草のマスコットキャラクターである深草うずらの「吉兆くん」。「いなこん」のプロモーションに参加しただけでなく、いなりちゃんの部屋のぬいぐるみとしても登場しています。気付いた人おる?

琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 
琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 
2022年6月4日と2021年7月25日。稲荷橋の全景。いかにも伏見稲荷の参道です。

稲荷駅から琵琶湖疏水
稲荷駅から琵琶湖疏水 稲荷駅から琵琶湖疏水
2019年8月4日。稲荷橋から眺める琵琶湖疏水。滋賀県から引き込んだ琵琶湖の水は伏見稲荷の西を通り、最終的に宇治川に注ぎます。

高瀬川と琵琶湖疏水

江戸時代初期の慶長19年(1614年)、豪商の角倉了以と息子の角倉素庵により、鴨川と宇治川を南北に繋ぐ運河が整備。高瀬舟が用いられたことにちなんで高瀬川と呼ばれました。物資の輸送はもちろんのこと、都の中心部から稲荷社への参詣にも利用され、江戸時代末期、元治元年(1864年)の『花洛名勝図会』には高瀬川から稲荷道を通って稲荷社に向かう人々の様子が描かれています。

蹴上探訪|インクラインを中心に琵琶湖疏水の史跡を探訪
明治2年(1869年)に東京遷都が決行されると京の都は衰退。窮状を危惧した第3代京都府知事の北垣国道氏は、滋賀県の琵琶湖から京都に水を引き入れる大規模な水路の整備を計画。新進気鋭の技術者、田邉朔郎氏を設計責任者に迎えて、途方も無い難工事を経て明治23年(1890年)に琵琶湖疏水の第1疏水が開通。京都が近代都市に生まれ変わる基礎になりました。(琵琶湖疏水の史跡は「蹴上探訪」を参照)

琵琶湖疏水が人々や物資の輸送に重宝された一方で、江戸時代から用いられた高瀬川は役割を失いました。後年には市街地を流れる普通の小川になり、高瀬舟が行き交った時代の面影は殆ど残りません。京都の風景は明治時代の近代化の中で一変。それ以前の文明を想像するのは難しくなりました。大きな変容を余儀なくされたのは、これから向かう伏見稲荷も同様です。

稲荷停留所跡

稲荷橋の稲荷停留所跡 稲荷橋の稲荷停留所跡
2021年7月25日。稲荷橋南側の広場。50年以上前、この橋の上に路面電車の停留所がありました。

京都市電の稲荷停留所跡 京都市電の稲荷停留所跡
京都市電の稲荷停留所跡 京都市電の稲荷停留所跡
2021年7月25日。稲荷橋の一角に残された京都市電稲荷停留所のホームとレール。貴重な遺構です。

京都電気鉄道の稲荷線

明治28年(1895年)、塩小路東洞院~下油掛通を結ぶ京都電気鉄道の伏見線が開業。琵琶湖疏水の電力を利用した日本初の電気鉄道でした。明治37年(1904年)には伏見線から分岐して、竹田街道の稲荷道停留所~琵琶湖疏水の稲荷停留所を結ぶ稲荷線が開通。先に開業した官設鉄道の稲荷駅、後に開通する京阪の稲荷駅と並び、稲荷新道~本町通~稲荷神社に4つの稲荷駅が集中する形になりました。

大正7年(1918年)、京電は京都市に買収されて京都市電に。稲荷神社に参拝するための鉄道駅は相当な需要があり、戦後しばらく国鉄稲荷駅、市電勧進橋(稲荷道から改称)及び稲荷停留所、京阪伏見稲荷駅という4駅体制が維持されます。しかし自動車の普及で乗客が減少し、昭和45年(1970年)に伏見線と稲荷線が廃止。昭和53年(1978年)には歴史ある市電の全路線が廃止されてしまいました。

市電廃止後、稲荷停留所は線路ごと舗装されて稲荷児童公園に転用。もはや一部の鉄道マニアしか知らない、失われた鉄道史跡になっていました。令和2年(2020年)1月、稲荷橋上のバリアフリー化のため舗装を剥がしたところ、稲荷停留所のホームとレールが現れて大ニュースになりました。遺構は見学しやすい形で保存されることになり、同年3月には深草記念会の皆さんによって立派な案内板が設置されました。大切な歴史を後世に残す活動には頭が下がります。

稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日。先ほど紹介した稲荷児童公園。路面電車が廃止された後、上から舗装されて公園が整備されました。この地中にもレールが眠っているはず。

稲荷児童公園 稲荷児童公園
稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日。公園の様子。稲荷線の痕跡を求めて探索するも、細長い区画であること以外は何も残っていませんでした。西側は京阪本線が通っておりフェンスで封鎖されていますが、昔は市電と京阪が交差する構造でした。(竹田街道に通じる稲荷線跡はp.30を参照

子育て地蔵尊 子育て地蔵尊
2021年7月25日。稲荷橋と踏切を渡ると、御前町の子育て地蔵尊。明治以前の素朴な信仰の象徴です。

伏見稲荷大社の神幸道
2014年4月25日。本町通と交差。直進すると神幸道(p.6を参照)で楼門の左手へ。右折するとJR稲荷駅前から表参道を通って楼門へ。どちらを選んでも伏見稲荷の境内に至ります。文章でルートを説明するのは難しい。

JR稲荷駅

伏見稲荷大社の一の鳥居 JR奈良線の稲荷駅
2014年4月25日。表参道の正面にはJR奈良線の稲荷駅。京阪と同じく伏見稲荷大社を意識したデザインです。「いなこん」ではOPの空撮に写り込む程度で、最寄駅にもかかわらずほぼ存在しない扱い。一応、OVAではランプ小屋(後述します)が描かれています。

官設鉄道稲荷駅の開業

稲荷駅は明治12年(1879年)、京都駅~大谷駅を結ぶ官設鉄道の路線延伸とともに開業。明治28年(1895年)には新橋駅~神戸駅を結ぶ東海道線の一部となり、有名な鉄道唱歌にも稲荷神社の赤い鳥居が登場します。稲荷駅が開業した明治初期は近世の稲荷信仰と地続きだった時代であり、列車が稲荷神社の前を通るたびに乗客は車窓から賽銭を投げました。駅長は帽子に賽銭を拾い集め、夕方になると稲荷神社の賽銭箱に納めたと伝わります。

開業当初の東海道線は東山を大きく避ける迂回ルートが採用されました。京都駅から稲荷駅を経て稲荷山の南を通り、山科から逢坂山トンネルを抜けて大津方面の馬場駅(後の膳所駅)へ。逢坂山トンネルに至る急勾配は当時の蒸気機関車にとって凄まじい難所だったそうで、技術が進んだ大正時代になってルート変更の工事が開始。大正10年(1920年)、東山トンネルと新逢坂山トンネルを通る新しい東海道線が開通しました。これが現在の東海道本線です。

旧東海道線の大部分は廃線になりましたが、稲荷神社の参詣に便利な京都駅~稲荷駅の区間は存続。私鉄の奈良鉄道→関西鉄道を経て国有化された路線と繋がり、奈良線の一部になりました。明治時代に本町通沿いに設置された稲荷駅は、奈良線への移管や国鉄民営化を経た現在においても、伏見稲荷大社の玄関口として確固たる地位を確立しています。遠方から伏見稲荷を訪れる場合、京都駅でJR奈良線に乗り換えて稲荷駅で下車するのが最も分かりやすいです。

JR奈良線の稲荷駅 JR奈良線の稲荷駅
2018年10月14日、2019年8月4日。稲荷駅のデザインは2014年から変わりません。

稲荷駅前の本町通 稲荷駅前の本町通
2022年7月30日。稲荷駅前の狭い車道(R119)は本町通(伏見街道)。いなりちゃん達の通学路です。早朝の静かな表参道前に、徐々に通勤・通学・観光の人通りが増えていきます。

デイリーヤマザキ伏見稲荷大社前店 デイリーヤマザキ伏見稲荷大社前店
デイリーヤマザキ伏見稲荷大社前店 デイリーヤマザキ伏見稲荷大社前店
2022年7月30日と6月4日。稲荷駅の右隣はデイリーヤマザキ伏見稲荷大社前店。以前は黄・赤の派手な配色でしたが、改装されて茶色になりました。京都のコンビニは景観条例に従い、目立たない配色にするのが普通です。でも伏見稲荷に限って言えば、派手な看板のほうが似合うと思います。

JR稲荷駅の看板
JR稲荷駅の入口
JR稲荷駅の改札口
2022年6月4日と5月28日。稲荷駅の構内へ。昼間の稲荷駅は外国人観光客や修学旅行生が集中して大混雑します。疫病の流行で観光客が減っているタイミングで探訪しました。

JR稲荷駅の出口
JR稲荷駅の改札口 JR稲荷駅の改札口
2022年5月28日と6月4日。ICカード(ICOCA)に対応する改札。下車して改札を出ると、すぐに伏見稲荷の表参道です。このときは一の鳥居が塗り替え工事中でした。

JR稲荷駅の時刻表
2022年6月4日。稲荷駅の時刻表。みやこ路快速・快速・区間快速は当駅を通過。普通だけが停まります。正月などの繁忙期に限り、みやこ路快速が臨時停車します。

128 130
2022年6月4日。階段を上がってホームへ。混雑時は転倒しないようご注意ください。

稲荷駅の宇治・奈良方面ホーム JR稲荷駅の駅名標
稲荷駅の宇治・奈良方面ホーム 稲荷駅を通過するみやこ路快速
2022年6月4日。宇治・奈良方面の2番ホーム。みやこ路快速が通過しました。当駅に停車する全ての列車は宇治駅にも停車しますが、私は宇治に行く際も京阪ばかり利用します。

JR稲荷駅の跨線橋登り口 稲荷駅の京都方面ホーム
2022年5月28日。跨線橋を通って1番ホームへ。

琵琶湖疏水の流水の桜 琵琶湖疏水の流水の桜
2022年5月28日。稲荷駅の西側は琵琶湖疏水。平成10年(1998年)、深草稲荷保勝会の皆さんによって植樹20周年記念の「流水の桜」が植えられました。深草稲荷保勝会は「いなこん」の制作にも協力されています。

稲荷駅の京都方面ホーム 稲荷駅の京都方面ホーム
稲荷駅の京都方面ホーム JR稲荷駅の駅名標
2022年5月28日。京都方面の1番ホーム。全ての列車は終点の京都駅に停まります。

稲荷駅に停車する車両 普通京都行きに乗車
2022年5月28日。普通京都行きに乗車。よく乗る車両だけど型式は全然分からないです。

稲荷駅のランプ小屋 稲荷駅のランプ小屋
稲荷駅のランプ小屋 旧東海道線の説明
2018年10月14日と2019年8月4日。駅舎の傍らに明治時代のランプ小屋の一部が保存。上述した旧東海道線の案内板も設置されています。開業当時は鉄道の照明に灯油ランプを用いており、火災に強い煉瓦造りの建物にランプや燃料を保管しました。稲荷駅のランプ小屋は国鉄最古級の貴重な遺構です。

131
134 135
2022年6月4日。稲荷駅の2番ホームから見たランプ小屋。ここにも旧東海道線の案内板があります。

JR稲荷駅の「安全祈願之碑」
2022年6月4日。ランプ小屋の前に「安全祈願之碑」を見つけました。建立年月日は不明ですが、稲荷大神に鉄道運行の安全を祈願して奉納されたものと思われます。

132 「鉄道唱歌」の歌碑
2022年6月4日と2019年8月4日。2番ホームと本町通りのランプ小屋の隣に、それぞれ「鉄道唱歌」の歌碑が設置されています。

大石良雄が山科の その隠家はあともなし 赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山

大政奉還に東京遷都、鉄道敷設に琵琶湖疏水…明治時代の急激な変化は、首都の地位を失った京都に近代化を促しました。鉄道唱歌の歌詞は、近代化の中で観光地化せざるを得なかった京都の稲荷神社の姿を映し出しています。明治の動乱は次ページで詳しく紹介します。

表参道で秦氏と稲荷社の歴史を紹介
次ページ、伏見稲荷の表参道に入ります。

「東方巡遊記」の感想はこちらから
閲覧ありがとうございます。記事の内容が気に入った方も、そうでなかった方も、感想フォームの匿名アンケートにご協力ください。閲覧者の皆様からのフィードバックは大きな励みになり、サイトを維持・更新する原動力になります。感想フォームの回答や、記事のシェアによるご支援をお願いします!有用なサイトを目指す管理人からの切実なお願いです!

ページトップに戻ります。

「京都の旅」の記事一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。