東方巡遊記

伏見稲荷大社探訪 V

2022-02-05 改訂
2009-05-29~2021-07-25 実施

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目次

01.「伏見稲荷大社探訪」の目次と概要

04.伏見稲荷駅から疎水を渡り稲荷駅へ

伏見稲荷駅稲荷児童公園/琵琶湖疏水/稲荷停留所跡稲荷駅

3番目の稲荷駅だった伏見稲荷駅京都一周トレイルのご案内深草トレイルのご案内高瀬川と琵琶湖疏水京都電気鉄道の稲荷線官設鉄道稲荷駅の開業

伏見稲荷駅から疎水を渡り稲荷駅へ

京阪伏見稲荷駅

京阪本線の伏見稲荷駅
2014年4月25日。0545、再び京阪本線の伏見稲荷駅からスタートします。

ここは京都府京都市伏見区の深草。歴史的な行政区分は山城国紀伊郡深草郷です。紀伊郡とあるように古代には豪族の紀氏の拠点だったとみられ、後には渡来氏族の秦氏が暮らした地として知られます。伊奈利社(伏見稲荷大社)は奈良時代初期の和銅4年(711年)、秦氏によって創建されたと伝わり、社としての歴史は1300年以上。稲荷山の信仰自体はそれ以前から存在します。

京阪本線の伏見稲荷駅
京阪伏見稲荷駅。西側には淀屋橋・中之島方面の駅舎。伏見稲荷大社を意識したデザインです。ご覧の通り「いなこん」のOPで墨染さんが歩いているところ。作中では、駅名が「京阪電車 伏見稲荷駅」→「京阪電車 伏見伊奈里駅」、標識が「伏見稲荷大社」→「伏見伊奈里大社」に変わっている以外はそのまま。登場人物の名前は京阪の駅名に由来しており、タイアップ企画も行われました。

稲荷山地形図
伏見稲荷大社の参詣道。江戸時代の街道と運河、明治時代の鉄道と疏水が南北に通り、それらを東西に結ぶ街道と鉄道も設けられました。参詣道と鉄道の歴史は少しややこしいので、この地図で位置関係を把握しながらお読みください。

国土地理院の「地理院地図(新版)」にポイント及びルートを追記しています。

3番目の稲荷駅だった伏見稲荷駅

伏見稲荷大社探訪 V|歴史ある田中神社と明治の稲荷新道
鉄道が存在しない時代、稲荷社の参詣には本町通(伏見街道)、または高瀬川から東に延びる稲荷道が利用されました。明治28年(1895年)、竹田街道沿いに京都電気鉄道の稲荷道停留所が仮開業。それに伴って崇敬者の土井柾三氏が京電と稲荷神社を結ぶ新たな参詣道を整備し、江戸時代の稲荷道に対して「稲荷新道」と名付けられました。明治37年(1904年)には京電の稲荷線と稲荷停留所が開業します。(京電と稲荷新道についてはp.28を参照

明治43年(1910年)、京都の五条駅~大阪の天満橋駅を結ぶ京阪電気鉄道の路線が開通。琵琶湖疏水に沿って稲荷新道駅(現在の伏見稲荷駅)と稲荷駅(現在の龍谷大前深草駅)が置かれました。稲荷神社の参詣には稲荷新道駅のほうが便利だったことから、同年に稲荷新道駅→稲荷駅、稲荷駅→深草駅に改称されています。京阪稲荷駅は官設鉄道の稲荷駅、京電の稲荷停留所に次ぐ3番目の稲荷駅でした。(官設鉄道は後述します)

大正時代に京阪の運営が軌道に乗ると、稲荷駅も稲荷神社の玄関口としての地位を確立。昭和14年(1939年)に稲荷神社前駅に改称されました。戦後、稲荷神社が伏見稲荷大社に改称されたことに伴い、昭和23年(1948年)に稲荷神社前駅から伏見稲荷駅に改称。駅舎を改修しながら現在に至ります。(「伏見稲荷大社」に改称した事情はp.5を参照

京都一周トレイル東山コース1番の標識
駅前には京都一周トレイル東山コース、1番の標識(以降E-1と表記)。外国人観光客にも読めるよう英語併記のプレートになっています。「いなこん」のOPではこの標識まで再現されました。

京都一周トレイルのご案内

京都一周トレイルは京都市街に接する里山に整備されたトレイルコース。その名の通り京都を一周(正確には北側を半周)できるのが売りで、都市の周りにこれほど豊かな自然が残っていたのかと驚かされます。東山コースは伏見稲荷駅を起点として、伏見稲荷が鎮座する稲荷山中腹から北に延びています。比叡山のケーブル比叡駅付近のE-74がゴール。頑張れば一日で踏破できますよ。しんどいけど。

京阪伏見稲荷駅の新駅舎 京阪伏見稲荷駅の新駅舎と5000系
2019年8月5日。伏見稲荷駅の新駅舎と5000系。平成29年(2017年)に駅舎がリニューアルされ、伏見稲荷風の外見は残しつつ現代的になりました。いい感じに古びれた伏見稲荷大社の看板は撤去済み。残念やけど、もう「いなこん」の風景は再現できへんの。

京阪伏見稲荷駅の新駅舎 京阪伏見稲荷駅の新駅舎
2021年7月25日。淀屋橋・中之島方面の新駅舎です。伏見稲荷周辺の風景は少しずつ変わっており、新しくなった箇所も補完する必要があります。伏見稲荷だけでなく、表参道にアクセスする段階から紹介するのが本記事の特徴です。

京阪伏見稲荷駅の路線図 京阪伏見稲荷駅の白狐像京阪伏見稲荷駅の新駅舎
2019年8月5日と2021年7月25日。観光客向けの路線図が新設。白狐の石像もあります。

京阪伏見稲荷駅の案内板 京阪伏見稲荷駅の案内板
京阪伏見稲荷駅の駅舎
京阪伏見稲荷駅の駅舎
2021年7月25日。淀屋橋・中之島方面のホームへ。伏見稲荷大社で斎行される祭事が掲示されており、伏見稲荷の表参道入口の役割を担います。

京阪伏見稲荷駅の改札 京阪伏見稲荷駅の券売機
2021年7月25日。改札と券売機。PiTaPaとICOCAに対応します。ちなみに私はICOCA派です。

京阪伏見稲荷駅のホーム
京阪伏見稲荷駅のホーム
京阪電車
2019年8月5日と2021年7月25日。三条・出町柳方面と淀屋橋・中之島方面のホーム。古いデザインの車両は2200系です。

京都一周トレイル東山コース1番の標識 京都一周トレイル東山コース1番の標識
2018年5月20日。駅舎の改修に伴い、E-1の標識が移設されました。チェックポイントとして重要なので確実に撮影すること。

稲荷児童公園

稲荷児童公園 深草トレイルの地図稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日と2019年8月5日。駅前からR119を東に進むと、稲荷橋の手前に稲荷児童公園があります。この公園は「いなこん」の原作14話に相当するOVAに登場しました。公園前には深草トレイルの案内板が設置。伏見工業高校、産業デザイン科の学生さんが手掛けました。

深草トレイルのご案内

深草トレイルは伏見稲荷駅を起点として稲荷山周辺を歩いたり、藤森駅を起点に大岩山や伏見城を探訪するトレイルコース。ハイキングが主体の京都一周トレイルに比べると歴史探訪に特化されています。東山には美しい自然や興味深い史跡が沢山残されておりますので、伏見稲荷に限定せず色々組み合わせて歩いてみてください。

夕されば 野辺の秋風身にしみて 鶉鳴くなり深草の里

鶉鳴く をりにしなれば霧こめて あはれさびしき深草の里

平安時代の歌人、藤原俊成と西行法師の歌。深草は古い歴史を持つ風情ある里なのです。

子育て地蔵尊 子育て地蔵尊
子育て地蔵尊 子育て地蔵尊の由来
2021年7月25日。伏見稲荷の参拝者を見守る子育て地蔵尊。明治23年(1890年)、琵琶湖疏水(後述します)の工事中に水田幸次郎氏の所有地から4体のお地蔵様が発掘。祓い清められて地元に寄贈され、子供の無病息災を祈る地蔵尊として崇敬されています。

琵琶湖疏水

琵琶湖疏水に架かる稲荷橋
稲荷児童公園を通り過ぎ、稲荷橋で琵琶湖疏水を渡ります。

琵琶湖疏水に架かる稲荷橋
稲荷橋の擬宝珠 稲荷橋の擬宝珠
2021年7月25日。昭和36年(1961年)、琵琶湖疏水に架けられた稲荷橋。朱塗りの欄干と擬宝珠が設けられ、伏見稲荷の参道に相応しいデザインです。

琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 伏見稲荷大社付近名所案内図
琵琶湖疏水に架かる稲荷橋 琵琶湖疏水に架かる稲荷橋
2019年8月5日と2021年7月25日。琵琶湖疏水の東をJR奈良線が通ります。踏切前には「伏見稲荷大社付近名所案内図」が設置。この案内図も分かりやすいです。

稲荷駅から琵琶湖疏水
稲荷駅から琵琶湖疏水 稲荷駅から琵琶湖疏水
2019年8月5日。稲荷橋から琵琶湖疏水の様子。滋賀県から引き込んだ琵琶湖の水は伏見稲荷の西を通り、最終的に宇治川に注ぎます。

高瀬川と琵琶湖疏水

江戸時代初期の慶長19年(1614年)、豪商の角倉了以と息子の角倉素庵により、鴨川と宇治川を南北に繋ぐ運河が整備。高瀬舟が用いられたことにちなんで高瀬川と呼ばれました。物資の輸送はもちろんのこと、都の中心部から稲荷社への参詣にも利用され、江戸時代末期、元治元年(1864 年)の『花洛名勝図会』には高瀬川から稲荷道を通って稲荷社に向かう人々の様子が描かれています。

蹴上探訪|インクラインを中心に琵琶湖疏水の史跡を探訪
明治2年(1869年)に東京遷都が決行されると京の都は衰退。窮状を危惧した第3代京都府知事の北垣国道氏は、滋賀県の琵琶湖から京都に水を引き入れる大規模な水路の整備を計画。新進気鋭の技術者、田邉朔郎氏を設計責任者に迎えて、途方も無い難工事を経て明治23年(1890年)に琵琶湖疏水の第1疏水が開通。京都が近代都市に生まれ変わる基礎になりました。(琵琶湖疏水の史跡は「蹴上探訪」を参照)

琵琶湖疏水が人々や物資の輸送に重宝された一方で、江戸時代から用いられた高瀬川は役割を失いました。後年には市街地を流れる普通の小川になり、高瀬舟が行き交った時代の面影は殆ど残りません。京都の風景は明治時代の近代化の中で一変。それ以前の文明を想像するのは難しくなりました。大きな変容を余儀なくされたのは、これから向かう伏見稲荷も同様です。

稲荷停留所跡

稲荷橋の稲荷停留所跡 稲荷橋の稲荷停留所跡
2021年7月25日。稲荷橋南側の広場。50年以上前、この橋の上に路面電車の停留所がありました。

京都市電の稲荷停留所跡 京都市電の稲荷停留所跡
京都市電の稲荷停留所跡 京都市電の稲荷停留所跡
2021年7月25日。稲荷橋の一角に残された京都市電稲荷停留所のホームとレール。一部のマニアにしか知られない鉄道史跡だったのが、令和2年(2020年)、深草記念会の皆さんによって立派な案内板が設置されました。大切な歴史を後世に残す活動には頭が下がります。

京都電気鉄道の稲荷線

明治28年(1895年)、塩小路東洞院~下油掛通を結ぶ京都電気鉄道の伏見線が開業。琵琶湖疏水の電力を利用した日本初の電気鉄道でした。明治37年(1904年)には伏見線から分岐して、竹田街道の稲荷道停留所~琵琶湖疏水の稲荷停留所を結ぶ稲荷線が開通。先に開業した官設鉄道の稲荷駅、後に開通する京阪の稲荷駅と並び、稲荷新道~本町通~稲荷神社に4つの稲荷駅が集中する形になりました。

大正7年(1918年)、京電は京都市に買収されて京都市電に。稲荷神社に参拝するための鉄道駅は相当な需要があり、戦後しばらく国鉄稲荷駅、市電勧進橋(稲荷道から改称)及び稲荷停留所、京阪伏見稲荷駅という4駅体制が維持されます。しかし自動車の普及で乗客が減少し、昭和45年(1970年)に伏見線と稲荷線が廃止。昭和53年(1978年)には歴史ある市電の全路線が廃止されてしまいました。

稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日。先ほど紹介した稲荷児童公園。路面電車が廃止された後、公園が整備されました。

稲荷児童公園 稲荷児童公園
稲荷児童公園 稲荷児童公園
2021年7月25日。公園の様子。稲荷線の痕跡を求めて探索するも、もはや何も残っていませんでした。

子育て地蔵尊 子育て地蔵尊
2021年7月25日。稲荷橋を渡ると、右手に子育て地蔵尊。明治以前の素朴な信仰の象徴です。

伏見稲荷大社の神幸道
本町通と交差。直進すると神幸道(p.6を参照)で楼門の左手へ。右折するとJR稲荷駅前から表参道を通って楼門へ。どちらを選んでも伏見稲荷の境内に至ります。文章でルートを説明するのは難しい。

JR稲荷駅

伏見稲荷大社の一の鳥居 JR奈良線の稲荷駅
表参道の正面にはJR奈良線の稲荷駅。京阪と同じく伏見稲荷大社を意識したデザインです。「いなこん」ではOPの空撮に写り込む程度で、最寄駅にもかかわらず触れられない存在。「いなこん」の探訪者は京阪派でしょうね。

官設鉄道稲荷駅の開業

稲荷駅は明治12年(1879年)、京都駅~大谷駅を結ぶ官設鉄道の路線延伸とともに開業。明治28年(1895年)には新橋駅~神戸駅を結ぶ東海道線の一部となり、有名な鉄道唱歌にも稲荷神社の赤い鳥居が登場します。稲荷駅が開業した明治初期は近世の稲荷信仰と地続きだった時代であり、列車が稲荷神社の前を通るたびに乗客は車窓から賽銭を投げました。駅長は帽子に賽銭を拾い集め、夕方になると稲荷神社の賽銭箱に納めたと伝わります。

当初の東海道線は稲荷山の南を通って大津方面に抜けていたのが、大正10年(1920年)に稲荷山の北を通る新しい東海道線が開通。京都駅~稲荷駅の区間は奈良線に移管されました。100年以上前に本町通沿いに設置された稲荷駅は、伏見稲荷大社の玄関口として確固たる地位を確立しました。遠方から新幹線で参拝する場合、京都駅で奈良線に乗り換えて稲荷駅へ。「いなこん」の舞台探訪で利用した方も多いと思います。

JR奈良線の稲荷駅 旧東海道本線遺構のランプ小屋
2019年8月5日。稲荷駅前の狭い車道(R119)は本町通(伏見街道)。いなりちゃん達の通学路です。静かな伏見稲荷の表参道前に、徐々に通勤・通学の人通りが増えていきます。

「鉄道唱歌」の歌碑 旧東海道本線の説明
旧東海道本線遺構のランプ小屋
2019年8月5日。駅舎の傍らに明治時代のランプ小屋の一部が保存。当時は鉄道の照明に灯油ランプを用いており、火災に強い煉瓦造りの建物にランプや燃料を保管しました。稲荷駅のランプ小屋は国鉄最古級の貴重な遺構です。

赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山

ランプ小屋の隣には「鉄道唱歌」の歌碑。明治時代から急速に観光地化されました。

表参道で秦氏と稲荷社の歴史を紹介
次ページ、伏見稲荷の表参道に入ります。

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