熊野古道トレッキング I
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2009年12月31日(木) 8日目(1/2) 中辺路
大晦日。

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0600起床。
大晦日という感覚はありません。
大盛のカップ焼きそばを食べて、もう少しゆっくり。
天気予報によると、元日にかけて荒れるとのこと。

現在地は和歌山県新宮市の「ステーションホテル新宮」。
本日から旅の後半、中辺路で那智山を目指します。
0648、出発。

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まだ閉まっている徐福公園の前を通過。
天気は晴れ。冷たい風が吹いています。

こちらも「熊野古道トレッキング II」(5ページ目)と、
「熊野古道トレッキング IV(執筆中)」(7~8ページ目)で補完しています。

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阿須賀神社に寄り道。蓬莱山(48m)の南麓に位置します。
神武天皇がやってきた熊野神邑は、この辺りだとか。

孝昭天皇53年(紀元前423年頃)の創建と伝わる社で、
主祭神は事解男命、熊野速玉大神、熊野夫須美大神、家津美御子大神。
熊野大神が神倉山から遷った、熊野信仰発祥の地とされています。

そして波田須と同じく、徐福上陸の伝説も。
社殿右手には徐福を祀る徐福之宮があります。
蓬莱山という山名からも、それっぽい感じ。

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入り組んだ住宅街を抜けて王子ヶ浜へ。
この辺りには徐福に因んだ地名が残っています。
路面に標識が埋め込まれており、意外と分かりやすい。

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第一王子橋で市田川を渡り、
稲飯命と三毛入野命を祀る王子神社(浜王子)。
かつて熊野詣のルート上に整備された、九十九王子の一つでもあります。

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0738、王子ヶ浜に下りました。
フィルム交換に失敗、筋が入ってます。

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しばらく浜を進行。やっぱり歩きにくい。
雲は熊野灘に流れています。

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浜を歩き終えると紀勢本線をくぐり、高野坂へ。
時刻は0815。久々の山道です。

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北の王子ヶ浜を眺めます。ここも竹林ですね。

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山道の途中に金光稲荷神社があります。
由緒等の詳細不明。猫の楽園になっているようでした。

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0915、展望台に寄り道。
南に宇久井の町並み、その向こうが那智勝浦です。
ハイカー1名と出会いました。

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山道を下って紀勢本線を渡ります。
0943、R233に乗ってJR三輪崎駅へ。
ちょっと休憩して、1000に出発しました。

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R42に乗って那智勝浦方面へ。
サークルKを見つけましたが、補給は万全なのでスルー。
今度こそ大丈夫です・・・多分。

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松籟橋で佐野川を渡り、東牟婁郡那智勝浦町にIN。
1053、ローカルコンビニのユアーズ35で休憩&昼食タイムです。

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大晦日ということで、どん兵衛の年越し蕎麦。
相変わらず冷たい風。だんだん強くなってきました。

1125、出発。
雪がちらついています。

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JR宇久井駅を過ぎ、小狗子峠へ。
R42から紀勢本線を渡ります。

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これが小狗子峠。
ちょっと荒れた感じの小さな峠でした。

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峠を下って狗子の浦へ。

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次は大狗子峠。
大狗子トンネル左にある、
大狗子隧道の手前から取り付きます。

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ここも小狗子峠と同じような感じ。
雲取越を除けば、本宮までラストの峠になります。
一体どれだけの峠を超えてきたのやら・・・

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1233、藪道を下ってR42に合流しました。
雪が舞っています。

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赤色海岸沿いに、歩道の無いR42を歩きます。
雪と風が強くなり、那智山方面は霧の中。

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1310、JR那智駅に到着。
左には那智駅交流センターがあります。

とてもローカルな街で、まさかの無人駅。
意外なことに、コンビニもありませんでした。
あれ?明日の補給が出来ないような・・・?

熊野古道地図_那智分岐 
現在地は略地図上の那智。
熊野古道はここで3ルートに分岐。

速玉大社から歩いてきた中辺路。
那智大社を経て本宮大社を目指す中辺路。
紀伊田辺から延びてきた大辺路に別れます。

今回は速玉大社から本宮大社への中辺路に乗り換え、
「熊野古道トレッキング IV(執筆中)」(9~15ページ目)では大辺路から、
本宮大社への中辺路に乗り換えました。

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浜辺に下り、那智湾と紀伊勝浦市街を眺めます。

後から知ったのですが、那智山観光の拠点は紀伊勝浦。
コンビニやビジネスホテル等は、そちらに充実しているようです。
1320、補給のことは忘れて出発。

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R42を渡って熊野三所大神社(浜の宮王子)へ。

欽明天皇24年(563年頃)の創建と伝わる社。
家津美御子大神、夫須美大神、速玉大神を
主祭神の熊野三所権現として祀ります。

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社の隣には天台宗の補陀洛山寺。山号は熊野山。
欽明天皇30年(569年頃)の創建、または仁徳天皇時代(313~399年頃)に
裸形上人によって開かれたと伝わります。

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ここは有名な補陀落渡海の出発地。
中世に、南方の観音浄土を目指して行われた捨身の渡海。
那智の浜からは、21名が船出したとの記録が残っています。

伊弉冊尊が葬られ、古くから死者の国と考えられた熊野。
中世の熊野詣では、現世の浄土と見做されていたのだとか。
それらしい雰囲気になりつつ、後半の那智山に続きます。

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