熊野古道トレッキング I
1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13

2009年12月30日(水) 7日目 伊勢路
速玉大社へ。

7_38 
0500起床。
出発から1週間になります。
昨夜から急激に冷え込み、寒い朝を迎えました。
とりあえず、カロリーメイトとコーヒーで朝食。

現在地は三重県南牟婁郡御浜町のJR紀伊市木駅。
今日は最初の目的地、速玉大社のある新宮へ。
駅で固まっていても冷たい風に晒されるだけ。
0557、出発します。

7_1 
0615、R42を渡って七里御浜にやってきました。

なんだか路駐が多いな?
と思っていたら、海釣り客が浜に展開中。
ヘッドランプの明かりが、行ったり来たりしています。

浜に腰を下ろして日の出を待つことに。
もう点滅を始めたLUMIXのスペアバッテリーに萎え。
この旅を終えたら、頑丈でランタイムの長いカメラを導入します。

7_2 7_4 
7_3 
曇りがちな東の空に、今日も太陽が昇ります。
海釣りに興じる親子の姿にほのぼの。

7_1 
0800、重い腰を上げて出発。
一旦R42を渡り、緑橋で市木川を渡って再び浜へ。
海沿いの七里御浜松原遊歩道を歩きます。

サイクルツーリングで長旅に慣れているとはいえ、
今回のようなバックパッキングの経験は殆どありません。
もはや気合だけで実施しているような雰囲気。謎の勢いです。

7_33 
JR阿田和駅の手前で歩道橋を渡りR42に復帰。
道の駅「パーク七里御浜」を過ぎても、コンビニは見つかりません。
昨日、花窟神社付近のサークルKで補給するべきでした。

こんな時、コンビニの看板が見えてペースを上げたら、
実はガソリンスタンドだった、という恐ろしい現象がよくあります。
自転車のように食糧や装備を沢山携行できず、速度も遅い徒歩の辛さを痛感。

7_2 
0927、念願のサークルKを発見し、倒れこむようにIN。

たっぷり食べてたっぷり補給、特盛のどん兵衛が美味い!
フル装備のランドナーがR42を通り過ぎて行きました。羨ましい。
大量に補給したおかげで、当然ザックは重くなるわけですね。

1020、いつまでも休んでいられないので出発しましょう。
R42で井田川を渡ると紀宝町に入ります。

7_34 
1040、R42沿いの道の駅「紀宝町ウミガメ公園」に寄り道。
ウミガメのプールがあるそうです。

サイクルツーリングでは、寝場所として頻繁に利用する道の駅。
今回は距離が合わないのと、R42沿いで車が多いため使っていません。
観光客が多いところでは、ゆっくり休めないし・・・

7_7 7_8 
ウミガメのプールを見学。
この辺りはウミガメの産卵で有名だと思います。

7_35 
1052、道の駅を出発。
R42より内側の住宅街を歩きます。
ミカンの樹があったりして、南にやってきた感じ。

前半の山道は昨日の松本峠で終え、
今日のルートは舗装された車道ばかり。
しかし、新宮を目前にしてモチベーションは上がる一方。
熊野三山が本当に楽しみです。

7_10 
1112、JR紀伊井田駅。
誰も来ない無人駅のほうが、落ち着いて休憩できますね。

7_39 7_11 
1208、出発。
七里御浜に下りて以降、見かけなくなった熊野古道の標識。
久々に見つけました。

7_40 7_12 
1235、横手延命地蔵。
相変わらず曇りがちな熊野灘を眺めつつ、山沿いを歩きます。
この先、歩道橋で紀宝バイパス(R42)を渡って新宮市街へ。

7_13 7_14 
しばらく歩いていると、ようやく新宮市街が視界に入りました。
正しいのか外れているのかよく分からないまま、車道を歩きます。
それらしい標識はありませんでした。

7_15 7_16 
1335、紀勢本線を渡って熊野川(新宮川)沿いのR42。
交通量が非常に多く、感慨にふける余地はありません。

7_17 
熊野大橋で熊野川を渡ります。
1355、三重県南牟婁郡紀宝町から和歌山県新宮市に入りました。
この感動が伝わるといいのですが・・・

7_41 
熊野大橋を渡ってR42を右折すると、熊野速玉大社。
権現山(234.4m)と神倉山(190m)からなる千穂ヶ峯の北麓に位置します。

時刻は1405。
やっと着いた、以外の言葉が出てきません。
伊勢から1週間・・・長かった。

7_20 
鳥居をくぐって境内へ。
右手に天之手力男命を祀る手力男神社と、
建角見命を祀る八咫烏神社がありました。

7_49 
御神木である梛の大樹。

・・・写真は少なめ。
熊野古道トレッキング II」(5ページ目)で少しだけ補完。
「熊野古道トレッキング IV(執筆中)」(7~8ページ目)では
速玉大社を始め、新宮を詳しく補完しています。
そちらのレポからどうぞ。

7_37 7_19 
神門をくぐって本殿へ。
人は意外と少なく、静かな雰囲気。
ここでも年末年始の準備が進んでいました。

熊野三山の一つで、熊野信仰の総本社である速玉大社。
熊野速玉大神(伊弉諾尊)、熊野夫須美大神(伊弉冉尊)を
主祭神として、熊野の神々を祀ります。

かつて神倉山に降臨された熊野大神は、
景行天皇58年(128年頃)に当社に遷宮されました。
神倉山の古宮に対して、ここが新宮と呼ばれるようになったとか。

7_22 
速玉大社を出ると、少し雨が降ってきました。
歓迎の雨という解釈でよろしいでしょうか?

熊野古道地図_新宮分岐 
現在地は新宮。略地図上の速玉大社。
熊野古道はここで3ルートに分岐。

熊野市から歩いてきた伊勢路の浜街道。
熊野川を遡り、楊枝の渡しで熊野川上流を渡り、
万才峠を越えて本宮大社を目指す伊勢路の川端街道。
那智を経て那智大社、本宮大社を目指す中辺路に別れます。

今回は浜街道から中辺路に乗り換え、
川端街道は未踏破ルートとなりました。

熊野古道トレッキング II」(5ページ目)では本宮大社からバスで寄り道、
「熊野古道トレッキング IV(執筆中)」(7~8ページ目)では那智から電車で寄り道しています。

7_42 
ザックにレインカバーを装着。
R42に戻り、速玉大社から1.5kmほど離れた神倉神社へ。

雨は小康状態に。
自分が濡れるのは構いませんが、カメラが濡れるのは不安。
どちらのカメラも防水ではありません。

7_44 
R42から山側に入り、市田川を渡ると神倉神社。
速玉大社より古い社ですが、摂社となります。

境内に入った正面には猿田彦命を祀る猿田彦神社と、
火産霊神、誉田別命を祀る神倉三宝荒神社があります。

7_23 7_24 
一の鳥居をくぐり、神倉山に取り付き。
頂上の社まで、538段もの険しい登らねばなりません。
今まで歩いてきた、どの石段よりもハードでした。

中間点の火神社、中ノ地蔵堂を過ぎると、
登りは緩やかになります。

7_43 
登りを終えて、まもなく頂上。
二の鳥居の右手には満山社があります。

7_26 
1500、頂上です。
ゴトビキ岩と呼ばれる巨岩が御神体。
ここが熊野大神が降臨された古宮であり、
今では高倉下命と天照大神を祀っています。

熊野といえば、神倭伊波礼毘古命(後の神武天皇)の東征伝説の地。
神武天皇が登った熊野神邑の天磐盾とは、この神倉山のことなのだとか。
高倉下命から受け取った布都御魂、八咫烏の先導など、
よく知られたエピソードだと思います。

7_25 
南東、新宮市街の眺望。
尾鷲や熊野市より大きな街ですね。
切り立った崖になっており、雰囲気はあります。

7_27 
下ります。高所恐怖症の私にとって、
急な下りほど恐ろしいものはありません。

7_50 
麓に下って本日の探訪は終わり。
新宮駅に向かいましょう。

ところで、ザック付属のレインカバーは黒。
視認性が低く、山や車道では目立ちません。
赤かオレンジのカバーを別途調達したほうが良かったですね。

7_45 
1538、JR新宮駅までやってきました。
今日はビジネスホテルを利用しますヨ。

コンビニを探してみましたが、駅周辺には見当たらず
少し離れたところにサークルKとローソンがあるようです。
駅前にはスーパーのオークワが2箇所ありました。

7_30 7_47 
16時過ぎ、「ステーションホテル新宮」にIN。

野宿の旅ばかりやっていると、
たまに利用するビジネスホテルが天国に思えます。
1週間ぶりに冷たい風から遮断され、暖房の効いた部屋。
超快適です。

ザックを下ろし、もう動きたくない気分なのですが、
ゆっくりする前に買い出しを済まさなければなりません。

7_46 7_48 
旅の中間点では、必ずと言っていいほど利用するビジネスホテル。
心身のリフレッシュはもちろんのこと、カメラと携帯電話の充電、
水や食糧の補給、装備の整理、行程のチェック等々・・・
やることは沢山あるんです。

体の節々が痛み、右足の親指にマメができた以外はノーダメージ。
本宮まで多分3日ぐらい。残りの行程も、この調子で頑張りましょう。

7_31 
駅から離れたサークルKで買い出しを済ませ、一人宴会を開催。
テレビを見て、シャワーを浴びる至福のひととき。
眠りに就いたのは21時頃でした。

本日の歩行距離は約17km。
1週間で伊勢路を踏破、約170km歩きました。
旅の前半を終え、8日目から中辺路に続きます。

「熊野の旅」のレポ一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。