熊野古道トレッキング I
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伊勢路(伊勢神宮~速玉大社)
中辺路(速玉大社~那智大社~本宮大社)

2009年12月24日(木)~2010年1月2日(土) プロローグ
2009年の春頃から夢想していた熊野古道の旅。
東方的には、「地霊殿」の霊烏路空の元ネタとして知られる熊野三山への道。
程よい季節になったので、ちょっと歩いてみようと思いました。
まずは、熊野古道と計画の概要から始めましょう。

※当サイトの内容を過信して発生したトラブルには一切の責任を負いかねます。
必ず注意事項に目を通してからレポをお楽しみくださいますよう、強くお願いします。
本レポには野宿要素が大変多く含まれているので、苦手な方はお引取りを。

・はじめに
熊野古道とは、紀伊半島南部の熊野三山を巡る参詣道のこと。
古くから様々なルートが開拓され、巡礼や修験道に利用されました。
熊野三山は熊野本宮大社熊野速玉大社熊野那智大社から成り、
熊野権現と呼ばれる神々を祀る熊野信仰の聖地です。
まさに、本来の意味での聖地巡礼と言えましょう。

これらの多くは平成12年(2000年)に、「熊野参詣道」として国の史跡に指定。
平成16年(2004年)には、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録されました。
一般的には「熊野古道」の名称で知られているため、当レポでは熊野古道と表記します。

熊野古道の歴史的背景について、ここでは詳しく解説しません。
信仰や史跡、世界遺産としての話題についても基本的には割愛。
あくまで熊野古道の踏破に焦点を当て、進めていこうと思います。
情報が最新かつ正確とは限りませんので、予めご了承ください。

ルート
平安時代に始まり、鎌倉時代にかけて皇族・貴族の間でブームとなった熊野詣。
室町時代には武士や庶民にも浸透し、伊勢詣とセットで様々なルートが開拓・整備。
江戸時代にかけて蟻の熊野詣と呼ばれるほど賑わいました。

明治時代に入ると熊野詣は下火になり、
参詣道の多くは忘れ去られてしまいましたが、
近年になって巡礼の歴史が見直され、ルートが再発見されています。
現在残っている、熊野古道の主要ルートはご覧のとおり。

熊野古道地図_主要ルート 
紀伊路(約180km) 大阪紀伊田辺
 中世から利用された、最初期の熊野詣ルート。
 現在では大部分が車道。当レポでは扱っていません。
 古くは中辺路と一体で、熊野街道と呼ばれました。

中辺路(約165km) 紀伊田辺本宮大社那智大社速玉大社
 同じく中世から利用された、深い山を抜けるルート。
 本宮大社へと続く、巡礼の雰囲気が色濃く残されています。
 近世になって、紀伊路と中辺路の区分が設けられたとか。

伊勢路(約235km) 伊勢神宮速玉大社本宮大社
 近世から利用が増えた、伊勢詣とセットの巡礼ルート。
 車道も多いですが、大小様々な峠越えが連なり、
 かつて賑わった旅の雰囲気を感じられます。

大辺路(約115km) 紀伊田辺那智
 近世から利用された別ルート。
 峠越えもありますが、大部分は車道。
 ルートが不明確な区間も存在しています。

小辺路(約67km) 高野山本宮大社
 近世から利用された、深く険しい峠越えルート。
 元は生活道で、修験道にも利用されました。

高野山町石道(約22km) 九度山高野山
 中世に整備された、高野山の表参道。
 現在ではハイキングコースになっています。

大峯奥駈道(約170km) 吉野本宮大社
 中世から始まったとされる修験道のルート。
 非常に深く険しい、困難な山越えになります。

これらのルートのバリエーションは多種多様。
古い石畳の残る歩きやすいハイキングコースもあれば、
険しい峠越えや、深い山を抜けていく本格的な登山道まで。
ルートや季節によっては、万全の計画と装備が必要となります。
実施にあたっては、入念な事前調査が望ましいでしょう。

また、全てのルートが世界遺産に登録されているわけではありません。
紀伊路大辺路のように、幹線道路がメインのルートも多く存在します。
台風等の影響で通行止めとなり、迂回路が設定されている場合も。
災害の多い地域であり、こういった制限は頻繁にあります。

略地図から分かるように、中辺路伊勢路には別ルートが存在。
小さな分岐は無数にあり、時代の流れに合わせて開拓されてきました。
世界遺産としての整備により、かつての道からは大きく変わっていることも。
全てのルートを厳密に辿っていくのは非常に困難ですから、
無理せずショートカットするのもアリだと思います。

尚、大峯奥駈道は修験道のルートで、熊野古道として扱われない場合があります。
高野山町石道は熊野古道ではありませんが、セットで世界遺産に登録されたルート。
熊野三山に接続しているため、ここでは両方とも熊野古道として扱います。

紀伊路中辺路伊勢路大辺路小辺路の合計距離は、概算で約762km。
高野山町石道大峯奥駈道を加えると、総全長約954kmのルートです。
距離はガイドブック等を参考にしたもので、正確なものではありません。
実際に歩いた場合、かなりの誤差があることに留意してください。

・構想
熊野古道地図_1回目計画 
今回は熊野古道のうち、伊勢神宮から速玉大社に至る伊勢路(約177km)。
速玉大社から那智大社を経由し、本宮大社に至る中辺路(約52km)。
そして紀伊田辺に下る中辺路(約63km)を踏破する構想。

合わせて約292kmの行程。
伊勢神宮から熊野三山を巡る標準的なルートですが、
初回としては相当詰め込んだボリュームになっています。

※本宮大社~紀伊田辺に下る中辺路はカットしました。
2010年12月の「熊野古道トレッキング II」、2013年12月の「熊野古道トレッキング III」、
2014年12月の「熊野古道トレッキング IV(執筆中)」で、今回のルートやカットした区間を補完しています。

・計画
12月24日に兵庫県の自宅を出発。
JR伊勢市駅から行程を開始して伊勢神宮を探訪。
以降は伊勢路を辿り、速玉大社のある新宮へ。

新宮からは中辺路を辿り、那智大社、本宮大社を目指します。
最後は中辺路で紀伊田辺駅に下ってゴール。
全部で12日ほどの行程となります。

伊勢神宮~那智は、大部分がJR紀勢本線や車道と並行しています。
補給は車道上に点在するコンビニを利用し、見つけられなかった場合は自炊。
宿泊は主に無人駅での野宿で、中間点の新宮ではビジネスホテルを利用予定。

計画の作成には山と渓谷社の『熊野古道を歩く旅』(2008年の情報)と、
わかやま観光情報」の「街道マップ」を使い、実際にこれを見て歩きました。
足りない情報もあるので、インターネットで入念に事前調査する必要があります。

・装備
MILLET LD ODYSSEE 45 
いわゆるバックパッキング用の装備。
サイクルツーリングと山歩きで使っている装備の組み合わせです。
詳細は「GEARS」を参照してください。

ザックは容量約45LのMILLET LD ODYSSEE 45+。
野宿セット(テント無し)や自炊セット等をパッキングしています。
ウェストバッグと、地図入れのショルダーポーチも携行。
背面には食糧入れのフィールドパックを装着。

カメラはLUMIX DMC-FZ8とPENTAX SPの2台体制。
那智~本宮は冷え込むため、防寒装備を重視しています。
ストックの先端には、路面保護用のゴムキャップ必須。

基本的にコンビニ利用ということで、自炊用の食糧は少なめに。
重量はウェストバッグとザックの合計で約20kgとなりました。

・参考文献
事前学習として、以下の文献等で熊野への理解を深めておきました。
歴史的背景を知っていれば、熊野を100倍楽しむことができますヨ。
論文・個人サイト・ガイドブックについては記載していません。
インターネットや図書館で、色々探してみてください。

*和田萃編(1988)『熊野権現―熊野詣・修験道』筑摩書房
*豊島修著(1992)『死の国・熊野―日本人の聖地信仰』講談社現代新書
*小山靖憲著(2000)『熊野古道』岩波新書
*環栄賢著(2005)『熊野学事始め―ヤタガラスの道』青弓社
*植島啓司著(2009)『世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く』集英社新書

・レポについて
本レポは個人的な踏破記録です。
ガイドとして作成したページではありませんので、
必ず注意事項に目を通した上でお楽しみください。

ページ数の都合により、掲載内容は大幅にカット。
スムーズに進行しているように見えるかもしれませんが、
実際の行程は長く、決して楽なものではありませんでした。
レポと同じように歩き通すのは多分難しいと思います。

また、記載している計画・装備は個人の一例です。
全て自分のスタイルに合わせており、あまり参考になりません。
体力や天候、季節によってルートタイムは大きく変わります。
単独踏破には相応の困難が伴うことにも留意しましょう。

それでは、本編へ進みます。

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