熊野古道トレッキング III
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2014年1月1日(水) 5日目(2/2) 中辺路
後半戦。

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1150、休憩終了につき出発。
音無川沿いの日陰は、若干雪の気配。
ここから滝尻まで、基本的には前回歩いたルートです。

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雰囲気は良好。徐々に登りメインになります。
ハイカーをちらほら見かけました。

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一旦、舗装された林道へ。
熊野古道っぽくはありませんが、私が好きなタイプの道です。

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地滑り現場。これも台風の影響でしょうか。
通路は確保されているので、安全に通行可能です。

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山道に復帰。ひたすら登ります。
前回も歩いているはずなのに、あまり記憶にありません。
あの時は小辺路のインパクトが強すぎました。

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まもなく三越峠。

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1255、三越峠(550m)の関所跡を通過。
要害森山(779m)の北東にあり、林道との合流地点。
かつては口熊野と奥熊野の境界でした。

休憩所に寄るとハイカーのグループが昼食中。
小休止を入れたら、すぐに出発します。

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次の難所は岩上峠。
峠入口のある蛇形地蔵まで下ります。

ここで、前方からやってきた軽装のハイカー・・・というか観光客2名に遭遇。
午前中に近露を出発、本宮大社まで4時間という情報を元に歩いてきたとか。
ルートタイムの短さに定評のあるガイドブックでも、7時間以上かかる距離。
私は前回、近露から本宮大社を目指すも、伏拝で停止しています。

このルートで日が暮れると大変なことになりますから、
距離と時間、宿泊やエスケープについて詳しい情報を提供。
誰が教えたのか知りませんが、あの距離を4時間って・・・

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湯川王子を通過。

平安~鎌倉時代にかけて、
熊野詣のメインルート(紀伊路・中辺路)には
王子と称される社が数多く整備されました。

沢山あったことから九十九王子と呼ばれましたが、
その多くは時代の流れとともに衰退し、残っていません。
現在では王子跡の案内板が設置されていたりします。

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今のところアップダウンはありません。
写真では伝わりませんが、風がきついです。

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湯川川を渡り、蛇形地蔵の手前にやってきました。
この先、岩神王子跡を経由する本来のルートは通行できません。

熊野古道トレッキング II」(4ページ目)では本来のルートでしたが、
今回は迂回路を通行することになります。

※2011年9月の台風12号の影響により、
蛇形地蔵~仲人茶屋跡の区間は通行止め。
林道と作業道を通り、岩上峠(671m)を越える迂回路が設置されています。
岩神王子跡にはアクセス出来ませんので、ご注意願います。(2014年1月現在)

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1335、蛇形地蔵から迂回路に入ります。
本来は作業道として使われているのでしょう。

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急な階段が設置されており、相当きつい。そして暑い。
先程の観光客は、こんなルートを軽装で来たのか・・・

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笠塔峰(929m)の北にある岩上峠を真っ直ぐ越えるルート。
どんどん高度を上げていきます。

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いつの間にか峠を越え、急斜面に沿って下ります。
高所恐怖症の方にはオススメできません。

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下ってきました。獣害対策のネットが張られており、
通行の際は開閉する必要があります。

前方からフル装備のベテランハイカー。
中辺路はこれぐらいの装備で歩くのが普通だと思います。
少なくとも、軽装で散策するようなルートではありません。

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栃ノ河にを渡って未舗装林道に合流。
これで、きつい峠越えは終わり。

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1503、林道の仲人茶屋手前。
ここから蛇形地蔵まで、通行止め区間になっています。
次は草鞋峠(592m)。休む間もなく進みます。

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日没が近づく中、一気に峠越え。
女坂を登っていきます。

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草鞋峠(592m)を越えました。
ここは比較的短いですね。

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そして下り。
熊瀬川王子跡を経て、淡々と進行。

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休憩所まで下ってきました。
この先、川を渡って車道に合流します。

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1550、車道に乗りました。次は小広峠(535m)。
休憩は不要、ノンストップで行きましょう。

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短い登りをクリアして車道に合流。
野中まであと少し!

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1557、小広峠(535m)の小広王子跡を通過。
高尾山(943.9m)の南に位置しています。

時代の流れとともに消えていった王子群。
車道や集落の整備により、本来の場所から移されていることも。
そもそも現在の熊野古道自体、中世のルートを厳密に辿っているわけではありません。
熊野古道を再発見する研究活動は、これからも続きます。

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ここからは車道のみ。距離を詰めていきますよ。

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日没が迫る中、ペースを上げて前進。
強行軍気味の一日になってしまいました。

快適な旅のために色々な装備を改善していますが、
特に効果的だったのがインソールと五本指ソックス。
フル装備で長距離を歩く際、足の疲労を軽減できる便利アイテム。
トレッキングシューズだけでなく、こういうところの工夫が大事なんです。
(詳細はフットウェアのページを参照)

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中川王子を通過、 上地の集落を抜けていきます。
野中はすぐそこ。

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1635、本日の目的地である野中に到着。
想定以上に長い行程でした。

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こちらが継桜王子。
かつては若一王子権現と呼ばれ、野中の氏神様を祀りましたが、
明治42年(1909年)に近野神社に合祀。後に復社されたそうです。

この森は南方熊楠の保護活動により、伐採を免れたとのこと。
こうして現在まで残っているものは少しだけで、
大部分は伐採されてしまいました

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集落を下って、野中の清水で給水。
更に南に下ると、R311に接続しています。
・・・今日は疲れました。

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南の下界には、中辺路と並行するR311が見えます。
ここは集落の山際。人の気配が全くありません。

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それでは、夕食の準備を始めましょう。
手早くワンタンメンを作って片付けます。
近くにトイレと水道があって便利。

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すっかり暗くなり、適当な軒下に野宿セットを展開。
雨の気配が全く無いので、小さい軒下でも大丈夫です。
強行軍になっても、こうして安眠できるのは有り難いこと。

紀伊田辺まで、あと2日。明日も頑張りましょう。
1835、就寝。2014年最初の日が終わりました。

本日の歩行距離は約24km。
6日目に続きます。

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