熊野古道トレッキング III
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2013年12月30日(月) 3日目 伊勢路
強行軍。

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0530に起床するも二度寝、0640起床。
12時間も寝てしまいました。寝過ぎ。

現在地は三重県南牟婁郡御浜町、阪本の休憩所。
気温は-1℃。もう明るくなっています。
朝食と洗面を済ませて出発準備。

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0740、出発。天気は快晴です。
折山橋で阪本川を渡り、阪本の集落を抜けていきます。

本日は風伝峠(257m)と通り峠(390m)を越え、
丸山千枚田を経て熊野川上流の楊枝・志古を目指します。
峠道以外はずっと車道。距離は約31kmの予定。
かなり疲れる行程になるでしょう。

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風伝峠入口へ。
高チラ山(625m)の南を通ります。
基本的に車道ですが、石畳の道も少し残っていました。

G600のバッテリーは既に1/3。
大丈夫かなあ・・・?

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R311を渡り、尾呂志側の峠入口へ。

右の写真、山の切れ目の辺りが風伝峠。
新宮向橋で尾呂志川を渡りますよ。

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R35を渡り、まもなく峠入口。
ハイカー2名が車で到着。ずるい。

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0837、峠入口。
ようやく山越えらしくなってきました。

深く険しい山に入ることを想定し、
予備の食糧はもちろん、救急セット等の装備も充実。
その代わり、ザックの重量は増えていくわけです。
軽量化に興味はありませんので・・・はい。

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風伝峠まで短い登り。
石畳が残っており、雰囲気は良いです。

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旧国道に合流しながら進みます。

装備が増えてザックが重くなったにも関わらず、
以前よりずっと疲れにくくなり、強行軍が可能になりました。
バックパッキングに慣れたことや、前の仕事のおかげでしょう。
対戦車弾や爆索より軽いし・・・みたいな普通科のノリ。

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0903、風伝峠手前の風伝茶屋。

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0905、風伝峠(257m)。
三重県南牟婁郡御浜町から、再び熊野市に入ります。
風伝トンネル(R311)が開通するまで、ここがメインルートでした。

レポに頻出する牟婁郡という地名。
古くから使われた地域区分で、概ね熊野に当てはまるエリアです。
現在では和歌山県の田辺市・西牟婁郡・東牟婁郡・新宮市、
三重県の熊野市・南牟婁郡・尾鷲市・北牟婁郡に相当。

一口に熊野と言っても、広すぎて掴みにくい印象。
私は本宮大社を中心とした地域だと思っています。

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峠からR311に下ります。

熊野という地名の語源はよく分かっていませんが、
「神々が住むところ」や「死者の霊が隠れるところ」みたいな説があります。
かつて死者の国や現世の浄土と考えられ、独自の信仰が生まれました。

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R311に合流。

このまま楊枝方面に向かうこともできますが、
床屋敷橋で板屋川を渡ってR40に乗り換え。
千枚田へ向かいましょう。

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0945、通り峠入口。
千枚田まで、結構距離があります。
ちょっと休んで、1005に出発。

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通り峠へ登ります。
この道もいい雰囲気。

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1033、通り峠(390m)を通過。

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峠を下ってR40に復帰。まもなく千枚田です。

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1053、丸山千枚田に到着。
出発から3時間。意外と長かった。
このまま下って楊枝方面のR311に合流します。

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白倉山(736m)南西の斜面に設けられた千枚田の様子。
収穫後ですから、水は張っていません。

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中腹の展望台。
こんなシーズンでも、マイカーの観光客はそれなりに。

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この風景を維持するため、相当な努力をされているようです。
記念撮影用の三脚が設置されていました。

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それでは、下っていきましょう。
ロードバイクのサイクリストが1名、ヒルクライム中。
頑張ってください。

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千枚田には獣害対策の電気さくが張り巡らされています。
脇道への入口は電気さくで封鎖中。触らないように。

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1135、下りました。
ここから小さな車道を通ってR311へ。
小栗栖の手前から楊枝方面に向かいます。

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R311へ。
獣害対策の箱わなが設置されていました。
設置には狩猟免許(わな猟)が必要。

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1203、矢ノ川手前のR311に合流しました。
阪本出発から4時間半ほど。本日の前半戦は終了。
このバス停で休憩&昼食とします。自販機があるのは嬉しい。

外人さんの旅人が1名。
語り部(ガイド)付きの旅を楽しんでいるようです。
今回は外人さんをよく見かけました。

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昼間から自炊セットを出すのは面倒。
序盤はコンビニで補給したおにぎりで済ませます。
朝はおにぎりx1、昼はおにぎりx2で十分。
消費期限は気にしない方針です。

飲用・自炊用の水はザックに2L、ウェストバッグに0.5L。
パック飯・救急用の水はザックに0.5L携行しています。
切らさないよう、自販機や水道でこまめに給水。

1225、休憩終了につき出発。
気温は12℃。しばらくR311を歩きます。
目的地の楊枝まで、あと20kmぐらい・・・

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矢倉川沿いのR311を淡々と進み、
小栗栖の手前で舗装された林道に入ります。

強行軍が可能になったことを利用して、
最初から行程延伸するような計画を作っていたり。
精神論みたいになっていますが、私は装備に頼る派です。

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板屋から延びてきたR780に合流し、一族山(800.8m)の東を抜けていきます。
熊野古道が飛び飛びに存在していますが、入りませんでした。

※厳密な熊野古道ではなく、分かりやすい車道を優先しています。
レポのルートが、ガイドブック記載の熊野古道というわけではありません。

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矢ノ川出発から2時間。そろそろ下り。
今日はほぼノンストップで歩いています。

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1428、夕陽の丘公園。
行程が遅れた場合は、ここで停止する予定でした。
休憩所やトイレがあって、寝場所には向いてるかも。

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ひたすら下ります。
自転車なら、これぐらい楽に飛ばせるのですが・・・

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1527、ようやく楊枝川に下りました。
これで後半分、まだ半分。

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楊枝川に沿って、R780で熊野川へ。
黙々と歩いて楊枝方面を目指します。
もうすぐ日没。夜が降りてくる。

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1648、前方に三和大橋を視認。
今日の行程は苦行だった。

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楊枝橋で楊枝川を渡り、熊野川沿いのR740に乗りました。
天瀬橋で天瀬谷川を渡ると、三和大橋です。

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三和大橋で熊野川(新宮川)を渡ります。この橋はR780。
かつては上流にある、楊枝の渡し場から熊野川を渡りました。

熊野古道地図_楊枝分岐 
現在地は楊枝。略地図上の
伊勢路はここで2ルートに分岐。

昨日から歩いてきた、熊野市から本宮大社を目指す本宮道。
本宮大社から熊野川沿いに速玉大社まで下る川端街道に別れます。
楊枝~本宮大社の区間は両ルートで共通。

今回は本宮道を選び、川端街道は未踏破ルートとなりました。
川端街道は台風の影響で、慢性的に通行止めになっているようです。

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1715、三重県熊野市から和歌山県新宮市にIN。
楊枝の渡し場から渡ると、地名的には楊枝から志古になります。

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目的地の志古まで、もう一息。
前後ライトを装着して熊野川沿いのR168を進みます。

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1735、「瀞峡めぐりの里」にIN。
熊野交通が運営する観光施設であり、
ウォータージェット船の乗り場になっています。

トイレは夜間閉鎖中。水道&自販機有り。
予定通り、今日はここで寝ることにします。
退勤するスタッフには何も言われませんでした。

G600のバッテリーは朝から1/3のまま。
写真の確認や整理をせず撮るだけにしていますから、
いつもより長めのランタイムとなっています。
流石に明日中には切れるでしょう。

※この手の施設には屋外コンセントがあります。
が、コンビニや道の駅と同様、拝借するのは盗電。
勝手に野宿しといてこんなことを言うのもアレですが、
ダメなものはダメ。充電には使ってはいけません。

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火を起こせるようなコンディションではありませんから、
夕食は自炊ではなくパック飯。水を入れて20分ほど加熱します。
このパッケージは、前の仕事で余ったものだったり・・・
(詳細は自炊セットのページを参照)

待っている間に、装備の整理と行程チェックをして休憩。
結局、午後から5時間ずっと歩いていました。
座って休めるのは久しぶり。

尚、本日のメニューは白飯&やきとりでした。
おやつ用に乾パンもあるヨ~

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適当な軒下に野宿セット展開。
歩きっぱなしで脚が痛くなってきました。
明日は中間点の本宮大社、ゆっくり休みましょう。
1925、就寝。

本日の歩行距離は約33km。
4日目に続きます。

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