熊野古道トレッキング III
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2013年12月29日(日) 2日目 伊勢路
山へ。

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0430起床。
疲労は全くありません。

現在地は三重県度会郡大紀町のJR梅ヶ谷駅。
気温は-3℃。 雪や雨は降っておらず、風も無し。星がよく見えます。
野宿セットを手早く片付け、朝食と洗面を済ませて出発準備。

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0520、始発が来る前に出発。
本日の行程は徒歩~電車~徒歩の乗り継ぎ。
まずは、以前カットした荷坂峠(241m)を回収してJR紀伊長島駅へ。
紀伊長島駅まで、約7kmの予定です。

メインカメラであるRICOH G600のバッテリーは昨晩から2/3。
今回は電源を確保できませんから、スペアバッテリーだけでなく、
応急用の単4電池も使用することになるでしょう。
(詳細はカメラのページを参照)

熊野古道地図_梅ヶ谷分岐 
現在地は梅ヶ谷。略地図上の
伊勢路はここから紀伊長島まで2ルートに分岐。

つづら折れの山道でツヅラト峠を越える、古くから使われてきた西のルート。
緩めの山道で荷坂峠を越える、江戸時代から使われた東のルートに別れます。

熊野古道トレッキング I」(4ページ目)ではツヅラト峠ルート、今回は荷坂峠ルートを選びました。

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荷坂峠入口まで、しばらく梅ヶ谷川沿いのR42を歩きます。
安全のため、前後ライトは必須。歩道は若干凍結中・・・

※熊野古道には、歩道が設置されていない車道も多く存在しています。
夜間は必ず前後ライトを使用、昼間も車に気を付けて歩きましょう。

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0600、荷坂トンネル手前の峠入口。
R42は紀伊半島の基幹道路ですから、
こんな時間でも交通量はそれなりにあります。

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0620、夜明けのタイミングを見計らって取り付き。
11月8日に熊が出没したとの張り紙がありました。
山道は凍結していませんね。

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0625、荷坂峠(241m)。
普通の山道を歩いて、あっさり到着。
暗すぎるので途中の写真はありません。

かつては伊勢国と紀伊国の境界だった峠。
現在では、三重県度会郡大紀町と北牟婁郡紀北町の境界となります。

今回は色々な装備を改善。
ザックやウェアを始め、小物類も充実しています。
こうやって装備を改善できたのも、過去の旅のおかげ。
試行錯誤を重ねて、快適な旅を実施できるようになりました。

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紀勢本線を越えて紀伊長島方面へ。南の下界には熊野灘の様子。
以前のレポにも書いたように、右写真のような標識が設置されています。
熊野灘がよく見える沖見平へは寄りませんでした。

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明るくなってきました。
峠を越えると、雪の気配は全くありません。

紀伊長島に下る荷坂峠ルートは、2ルートに分岐。
真っ直ぐ下る江戸道と、江戸道と並行して緩やかに下る明治道に別れます。
今回は明治道を通りました。

写真は少なめですが、荷坂峠ルートは落ち着いた雰囲気。
個人的には、ツヅラト峠ルートのほうが好きですね。

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0710、紀伊長島側の峠入口まで下りました。
予定の電車は0832。余裕のある時間です。

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片上川を渡って車道に合流、R42へ。

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R42沿い、片上池に面した道の駅「紀伊長島マンボウ」を通過。
車の出入りが多く、寝場所には向いてなさそうな雰囲気。

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0755、JR紀伊長島駅に到着。
梅ヶ谷駅出発から2時間半。予定通り7km。
天気は快晴。これで本日の前半戦は終了です。

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紀勢本線で熊野市駅へ。
電車のショートカットを多用すると、行程が継ぎ接ぎになりがち。
徒歩の旅っぽさが無くなるような気もしますが、別にいいでしょう。

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0950、JR熊野市駅にて下車。
ここは三重県熊野市。駅前には熊野市役所もあります。
熊野の中心市街のような印象を受ける市名ですが、
実際にはとてもローカルな雰囲気です。

ここからゴールの紀伊田辺まで全行程徒歩。
紀伊半島南部を横断していくことになります。
気温は14℃。そんなに暑くはないですね。

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海沿いのR42に下り、花窟神社へ。
熊野灘&七里御浜を眺めつつ歩きます。

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獅子岩を通過。この辺りは以前歩いてます。

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1022、花窟神社前の休憩所。
後半戦に備えて、行程をチェックしながら休みます。
今後の行程的に、ゆっくりしていられるのは今だけ。

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1055、花の窟神社へ。

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参道の様子。以前より観光客が増えています。
こういう社が注目されるのは、素晴らしいことです。

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左手には稲荷神社。参籠殿を抜けて御神体へ。

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伊弉冊尊を祀る花窟神社。
社殿は存在せず、この巨岩が御神体となります。

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軻遇突智尊を産んで亡くなった伊弉冊尊は、ここに埋葬されたとか。

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向かい側には、軻遇突智尊を祀る王子ノ窟。
そろそろ最終補給にしましょうか。

熊野古道地図_熊野分岐 
現在地は花窟神社。略地図上の熊野市。
伊勢路はここから2ルートに分岐。

七里御浜を通り、R42沿いに熊野川下流の速玉大社を目指す浜街道。
山側に入り横垣峠や風伝峠を経て、楊枝から熊野川上流を渡り、
万才峠を越えて本宮大社を目指す本宮道に別れます。

熊野古道トレッキング I」では浜街道、今回は本宮道を選びました。

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1122、すぐ近くのサークルKにIN。
ここで休憩&昼食、そして最終補給とします。

本宮では十分に補給できませんので、
紀伊田辺に下るまで必要な食糧を今のうちに調達。
インスタント麺やパック飯を多めに携行していますから、
そこまで神経質に補給する必要はないのですが・・・

※レポ記載のコンビニは無くなっていることもあります。
補給に支障をきたしますので、必ず最新の情報を調べてください。

1155、休憩終了につき出発。
本日の後半戦、目的地は横垣峠(305m)です。
しばらく車道を歩いて、山へ入っていきましょう。
距離は約9kmの予定です。

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花窟神社前から内陸部へ。
正面の山々を直接越えるわけではなく、
左端を掠めながら内陸部に入ります。

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1222、産田神社。
伊弉冊尊と軻遇突智尊を祀る社です。
その昔、伊弉冊尊が軻遇突智尊を産んだところだとか。

地図を見ていると、タクシーの運転手さんに
今後のルートについて詳しく教えていただきました。
フル装備できつそうに見えるせいか、色んな人に声をかけられます。
慣れているので、実は見た目ほどきつくはありません。本当です。

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産田橋で産田川を渡り、R311の手前で山沿いの旧道に入ります。
徐々に上りのルート、林道っぽい道ですね。

長い道のりを経て、旅のスタイルは大幅に合理化。
距離・地形・装備重量・季節といった様々な要素を踏まえて
詳しい行程表を作成し、その計画に沿って淡々と進みます。
行程の管理によって順調な旅が可能になった一方、
旅らしさはどんどん失われている気も・・・

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もうここまで上ってきました。
舗装路だからといって、楽なわけではありません。

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熊野市方面から延びてきたR311に合流。
南牟婁郡御浜町に入り、神木の町並みが見えました。

R311は紀伊半島南部を横断する基幹道路。
このまま進行すると、熊野川沿いに延びるR168と合流して本宮へ。
本宮の手前から紀伊田辺方面に下ることも可能です。

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栄通橋で市木川を渡り、ようやく神木の横垣峠入口。
時刻は1415。まだ大丈夫です。

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事前調査通り、このルートは通行止めの模様・・・

ここで、地元のおばさんから貴重な情報を入手。
ちょうど昨日、ハイカー1名がこのルートで阪本まで向かい、
バスで戻ってきたとのこと。林道で迂回すればOKのようです。

※2011年9月の台風12号の影響により、
神木~横垣峠~阪本の一部区間は通行止め。
舗装された林道で迂回する必要があります。(2013年12月現在)

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1430、出発。作業道のような山道を登ります。
この先が、西ノ峯山((593.4m)の南を通る横垣峠ルートです。

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1455、作業道を抜けて横垣峠へ。
通行できないのを承知で登ってみることに。
尚、ここで迂回路となる林道に合流しています。

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取り付き開始。普通の山道です。

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水壺地蔵を通過。
そろそろ疲れてきました。

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1520、地滑り箇所。これ以上の通行は危険です。
作業道としては使われているらしく、斜面に目印がありました。
もちろん、通行せずにリターンします。

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先程の合流地点に戻り、舗装された林道で阪本へ。
南東には熊野灘。どんどん山に入っています。

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地滑り箇所の下を通過。
もう日が傾いています。

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モグラさんが林道を高速で横断中。
かわいい。

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まもなく阪本。よく歩きました。

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1625、阪本の集落に下りました。ちょうど日没。
花窟神社出発から4時間半。予定より多く約14km歩きました。
これで本日の行程は終了です。

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阪本側の峠入口には、天照大御神を祀る折山神社。
休憩所とトイレがあり、寝場所に適したナイスコンディション。

ここで、作業中の地元のおじさんと談笑。
横垣峠ルートは当面復旧出来そうにないこと。
ずっと昔は集落の真ん中に石畳が残っていたが、
舗装されて消滅し、今のルートが熊野古道とされていること。
世界遺産登録された当初はバスで観光客が沢山やってきたが、
今ではさっぱりなこと。などなど、色々な情報を得られました。

「若いのに熊野古道なんて珍しいね~」とも。
確かに、熊野古道は全体的に地味ですからね・・・

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寝場所は確定しているため、まずは夕食の準備。
冬期遠征ということで、低温に強いウィスパーライトを携行しています。
(詳細は自炊セットのページを参照)

ホワイトガソリンの大火力で湯を沸かして、ワンタンメンの出来上がり。
今年の自炊はワンタンメンがメイン。シンプルで美味いです。
ちなみに、以前はチキンラーメンが主力でした。

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自炊セットを片付けて、野宿セットを展開。
17時には暗くなり始め、18時には真っ暗になります。

場所的にゆっくりできるので、ウェットティッシュで体を拭いたり、
足のテーピングを貼り替えたり、体のケアをしっかりやっておきます。
快適な旅を続けるため、最低限のリフレッシュは必要ですね。

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すっかりお馴染みとなったテント無し野宿。
ザックの容量・重量を大幅に減らすことが出来る上、
設営・撤収の手間を省き、手早く寝られるのが利点。
目立たない、というのも重要なポイントですね。

その代わり、シュラフだけで吹き晒し。
風雨をしのげる適当な軒下を見つけなければなりません。
こうしてのんびり寝られるのは、天気に恵まれているおかげ。
雨の場合は使えないところも多いです。

1820、終電を気にせず早めの就寝。
本日の歩行距離は約21km。
3日目に続きます。

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