熊野古道トレッキング II
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2010年12月27日(月) 3日目 中辺路
峠越え。

0530起床。
現在地は和歌山県田辺市、近露の駐車場。
いつも通り朝食を済ませて、0650に出発。
気温は0℃。風が冷たいです。

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近露の町並みを抜けて休憩所までやってきました。
この先、しばらく舗装された道を上ります。

本日の目的地は、当初の予定では約27km先の本宮大社。
ペースが落ちているため、その手前を目指します。

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短い山道に入ります。

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再び舗装路を進行。緩く長いアップダウン。
山の斜面に沿って、民家の前を抜けていきます。
ちょっと雪が降ってきました。

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0740、比曽原王子跡を通過。
ハイカー2名に出会いました。

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山沿いの舗装路は続きます。
まもなく野中の集落ですよ。

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0757、継桜王子までやってきました。
野中の一方杉と呼ばれる、大きな杉があります。

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継桜王子にて休憩中・・・

かつては若一王子権現と呼ばれ、野中の氏神様を祀りましたが、
明治42年(1909年)に近野神社に合祀。後に復社されたとのこと。

やはり、南方熊楠の活動により伐採を免れた社。
こうして現在まで残っているものは少しだけで、
大部分は伐採されてしまいました。

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集落を下って野中の清水へ。
今回は自炊が多いので、しっかり給水しておきます。

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0820、出発。
とがの木茶屋の前を通ります。
日が照ってきましたね。

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藤原秀衡の伝説が残る秀衡桜。
南の下界にはR311が見えます。

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上地の集落を抜けていきます。
安倍晴明のとめ石がありました。

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中川王子跡を過ぎ、
高尾山(943.9m)の南にある小広峠(535m)の小広王子跡を通過。
ずっと車道のアップダウンです。

時代の流れとともに衰退していった王子群。
車道や集落の整備により、本来の場所から移されていることも。
そもそも現在の熊野古道自体、中世のルートを厳密に辿っているわけではありません。
熊野古道を再発見する研究活動は、まだ始まったばかりなんです。

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0910、車道から山道に入ります。

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車道を渡って熊瀬川王子跡へ。

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熊瀬川王子跡を通過。
登りがきつくなってきました。

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草鞋峠(592m)を越えて、女坂を下ります。

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峠を下って未舗装の林道を渡ります。

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1005、栃ノ河を渡って、仲人茶屋跡から男坂。
ここから岩神王子跡まで、更にきつい登りです。

※2011年9月の台風12号の影響により、
仲人茶屋跡~蛇形地蔵の区間は通行止め。
林道と作業道を通り、岩上峠(671m)を越える迂回路が設置されています。
岩神王子跡にはアクセス出来ませんので、ご注意願います。(2014年1月現在)

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難所として知られた王子跡へ、ひたすら登ります。
必死だったようで、行程メモが残っていません。

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1025、岩神王子跡。
この辺り、記憶も残ってないです。

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王子跡から下ります。

相変わらず撮影枚数が少なく、行程の写真は少なめ。
短いルートに見えるかもしれませんが、実際には相当長いです。

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未舗装林道を渡って、下ります。

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下りました。
しばらく谷川沿いの平坦な道。

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1157、蛇形地蔵までやってきました。気温は3℃。
かなり疲れているため、じっくり休みます。

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1220、出発。
まずは湯川川を渡ります。

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1228、湯川王子を通過。

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次は三越峠(550m)への登り・・・
峠越えルートだから仕方ありません。

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1257、三越峠の関所跡を通過。近くに休憩所がありました。
要害森山(779m)の北東に位置し、舗装された林道が合流。
かつては口熊野と奥熊野の境界でした。

ここで、RICOH G600のバッテリーは2/3に。
スペアバッテリーと電池を用意しているので余裕です。
カメラの交替により、ランタイムも耐久性も向上しました。
(詳細はカメラのページを参照)

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猪鼻王子跡方面へ下ります。

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音無川沿いの未舗装林道を進行。

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広場に出ました。
しばらく休んでいきましょう。

近くには船玉神を祀る船玉神社と、
稲荷神を祀る玉姫稲荷神社があります。
熊野本宮大社と深い関係があると考えられていますが、
詳細は不明です。

熊野古道地図_船玉分岐 
現在地は船玉神社。略地図上の
中辺路はここから本宮大社まで2ルートに分岐。

発心門王子を経由する、古くから使われてきた北のルート。
湯峰王子を経由する、近世から使われた南の赤木越・大日越ルートに別れます。
今回は発心門ルート、「熊野古道トレッキング III」では赤木越・大日越ルートを選びました。

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出発。猪鼻王子跡を過ぎ、
林道を離れて発心門王子へ。

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たっくん坂を登ります。
発心門王子の鳥居が見えました。

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1455、車道と交差して発心門王子。

本宮大社の聖域の入口とされ、
かつては大鳥居があったそうです。
明治40年(1907年)、三里神社に合祀され廃止。
近年になって社殿が再建されました。

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では、車道を下ります。

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1505、三越の集落に下りました。
綺麗な休憩所がありましたが、停止するには早い。
伏拝を目指して、もう一踏ん張りです。

今回の行程で気付いたのですが、
熊野古道のガイドブックに記載されている
ルートタイムは全体的に短いように思います。

私がフル装備ということもありますが、
宿付きのトレッキングでも短く感じそう。
軽装備の日帰りハイキングを想定したタイム
・・・なのでしょうか?

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三越を抜けて、舗装された林道を進行。

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水呑王子跡を通過。
三里小学校三越分校跡にあります。

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山道に入ります。
蘇生の森と呼ばれ、それっぽい雰囲気。

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フラットで歩きやすく、気持ちのいい道です。

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伏拝の集落に入りました。
北には果無山脈が広がっています。

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1610、集落を抜けて伏拝王子跡に到着。
和泉式部供養塔と、小さな祠がありました。
南東には本宮方面、大斎原がかすかに見えます。

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一旦集落を戻り、自販機でジュースを補給。
豪華な休憩所で夕食の準備を始めます。

毎日野宿で、体を洗うのはシャワーの代わりにウェットティッシュ。
洗面は毎日欠かしませんが、着替えは中間点で一度だけという有様。
聖地巡礼の旅には、あまりにも汚く、相応しくないかもしれません。

しかし和泉式部と熊野権現のエピソードでは、
熊野権現が穢れを気にしない神様であることが示されています。
こんな旅でも、信仰心があれば大丈夫。と、私は思うのでした。

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温かい味噌煮込みうどんを食べて、ゆっくり休みます。
長い一日を終え、1810に就寝。明日は本宮大社ですヨ。

本日の歩行距離は約23km。
4日目に続きます。

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