山陰ツーリング II

01|プロローグ
02|宮津駅~天橋立~籠神社~浦嶋神社~京丹後
03|京丹後~玄武洞~余部橋梁~鳥取
04|鳥取~白兎神社~米子~黄泉比良坂|揖夜神社
05|~松江|松江城・小泉八雲旧居・八重垣神社
06|松江~国鉄大社駅~出雲大社
07出雲大社~稲佐の浜~日御碕~出雲市駅
08|エピローグ

2013年5月29日(水) 4日目
ゆっくりプラン。

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出雲大社境内を出て、観光センター前の駐車場に戻りました。

旅の目的を終え、後は日御碕に寄り道するだけ。
昼食は済ませており、1時間も散策したので休憩不要。
1235、R431に乗って出発。最後まで確実に走ります。

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1240、稲佐の浜。
出雲路自転車道がここまで延びているようですが、
こんなものはどうでもいいや。

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またまた2016年補完分。
勢溜から神迎の道を通って稲佐の浜へ。
普通の住宅街になっています。

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稲佐の浜に下りました。

旧暦の10月になると八百萬の神々が出雲に集まり、神在祭が行われます。
一般的には神無月ですが、出雲では神在月と呼ばれているのは御存知でしょう。
稲佐の浜にやってきた神々は神迎の道を通り、出雲大社の十九社に滞在。
大国主命の元で会議を開くことになっています。

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稲佐の浜の様子。
国譲りの舞台となったところです。

大国主命の尽力により開発された葦原中国。
天照大神を中心とする天津神はその統治を画策し、
高天原から神々を送り込みますが作戦はことごとく失敗。
精強な建御雷神が天鳥船神に搭乗して派遣されることになりました。

稲佐の浜に降下した建御雷神は、十掬剣を突き立て威嚇。
屏風岩の岩陰で大国主命と息子達に国譲りの交渉を持ちかけ、
御子神の一人である事代主神の了承を得るのでした。

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この巨岩は豊玉毘古命を祀る弁天島。
かつては弁財天を祀っていたそうです。

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同じく弁天島。
この辺りは稲佐の浜海水浴場になっています。

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浜から内陸に入って屏風岩へ。
民家の間にあり、なんだか地味な雰囲気。

事代主神は国譲りを了承したものの、
第二子の建御名方神は建御雷神に力競べを挑みます。
しかし簡単に捻じ伏せられ、科野国の州羽(信濃国の諏訪)に逃走。
こうして天津神は葦原中国を手に入れ、統治することになったのでした。

出雲から話は逸れますが・・・逃走した建御名方神は、
建御雷神に命乞いをして諏訪の地から出ないことになりました。
そして、先住民族の長であった洩矢神を破って諏訪を治める神様に。
もうお気付きでしょうが、東方的には「風神録」のバックストーリーです。

2016年4月の「諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I」では、
「風神録」の元ネタや諏訪信仰の歴史について詳しくカバーしています。
そちらのレポからどうぞ。

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少し歩いて、出雲大社摂社の上の宮。
奉納山の南麓に位置する、こじんまりした社です。

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神門&社殿。神在月の期間、
八百萬の神々はここで会議を行います。

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せっかくなので奉納山へ登ります。

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中腹には出雲阿国に因んだ於国塔。
BIGな歌舞伎役者の名前が刻まれています。

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まもなく標高73mの山頂。

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山頂には出雲手斧神社。
天日隅宮を築いた手置帆負命と彦狭知命をお祀りしています。

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奉納山公園として整備され、展望台もあります。
南東方面には出雲市街。ちょっと霞んでますね。

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国引き神話の舞台、稲佐の浜の眺望。
大国主命のご先祖様である八束水臣津野命は、
狭い出雲国を大きくするため新羅や隠岐から土地を引き寄せ、
島根半島を作ったのだとか。

その際に使った綱と杭も地形として残っており、
西は薗の長浜と三瓶山、東は弓ヶ浜半島と大山であると伝わります。
が、空気が霞んでおり、薗の長浜の向こうに三瓶山は見えません。残念。

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奉納山から出雲大社に戻って帰路へ。
一畑バスを利用し、正門前バス停から出雲市駅に向かいます。

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「山陰補完探訪」を終えてJR出雲市駅から撤収。
・・・ここまで、2016年補完分でした。

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では、稲佐の浜からR29で日御碕方面へ。

交通量は少なく雰囲気のいいルート。
若干晴れており、もうレインウェアは必要ありません。
アップダウンがあって若干手強い。

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日御碕まで、いくつかトンネルがあります。
交通量はそれほど多くないのに新しく豪華なトンネル。
こういうトンネルを幹線道路に作ってくれ。

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新しいトンネルのおかげで、使われなくなった道があります。
赤石隧道・硯石隧道のある区間は廃道となり、自転車・歩行者専用道に。
この廃な雰囲気、素晴らしい。

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左手に日御碕神社が見えました。

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R29からループ構造の道を下ります。
1320、日御碕神社。ここまで約42.6km。

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楼門へ。

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楼門をくぐると、右手に神の宮。
改修工事中でした。

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上の本社、神の宮にて参拝。
祭神は神素盞嗚尊です。

安寧天皇13年(紀元前536年頃)の創建と伝わる社。
素盞嗚尊の子孫で大国主命の父神である天葺根命が、
当地にて祭神をお祀りしたのが起源とされています。

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下の本社、日沈宮。祭神は天照大御神です。
伊勢神宮では昼を、当社では夜を守っているとのこと。

天葺根命が経島(文島)に祭神をお祀りしたのが日沈宮の始まり。
天暦2年(948年)になって現在地に遷されました。

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境内を出て日御碕へ。
先程の下りを、今度は上っていきます。

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1340、あっという間に日御碕駐車場。 ここまで約43.2km。
実は、日御碕神社の先から海沿いにアクセスできたらしい。

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再び散策タイム。自転車を置いて灯台へ。
この先、自転車とバイクは乗り入れ禁止。

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出雲日御碕灯台。
明治36年(1903年)に設置された現役の灯台です。

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灯台から経島へ。
この辺りは大山隠岐国立公園の一部となっています。

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ウミネコ繁殖地の経島。
かつては日御碕神社、日沈宮がありました。
現在でも鳥居と祠が残されています。

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こんな天気で訪れると、景色は微妙。

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灯台経由で駐車場に戻ります。

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1410、駐車場を出発。R29で出雲方面にリターン。
行きと同じように、ひたすら上り返し。

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稲佐の浜に戻り、出雲大社を後にします。
時刻は1513。後は出雲市駅に向かうだけ。

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R161、R162を乗り継いでR9へ。
出雲大社と出雲市駅は意外と離れており、
どのルートを乗り継いでも10kmほどの微妙な遠さ。

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出雲大社方面の様子。
最後に雨が降らなくてよかった。

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R9に合流すると、郊外タイプの狭い道、
ここまで来たのだから黙々と走ります。

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NTTアンテナのある交差点にやってきました。
ここに出雲市役所があり、R27が出雲市駅に延びています。
びっくりするほど標準的な市街中心部の構成で、
思わず笑ってしまった。

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1600、JR山陰本線の出雲市駅に到着。
いかにも出雲大社を意識したデザインです。
ここまで約67.5km。余裕のある行程になりました。

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駅前で一休み・・・
案内板に載っていたビジネスホテルを確保。
ぶらぶら向かいますよ。

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「ビジネスホテルながた」にIN。
本日の走行距離は約67.9kmとなりました。

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ゆっくりする前にやることを済ませます。
明日の帰還に備えて装備をまとめ、コンビニに買い出しへ。

全ての準備を終えたら待望の一人宴会タイム。
短いながらも、いい旅になりました。
1930、宴会終了につき就寝。
今夜はよく眠れそう。

2013年5月30日(木) 5日目
短い旅の終わり。

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0900起床。12時間以上寝たのにまだ眠い。
昨日のうちに出発準備は終わっています。
朝食を済ませたらチェックアウト。

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天気は曇り。夜のうちに降っていたらしい。
0950、自転車に装備を積んで郵便局へ。
これが最後の行程です。

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0955、出雲駅前郵便局。
パニアバッグを預け、自宅に送り返します。

自転車がいきなり軽くなると、バランスを崩してコケやすい。
最終日によくあること。

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1015、JR出雲市駅。
ここまで約0.5km。行程終了です。
総合走行距離は約419.8kmとなりました。

5年前は実質3日間で約265km、今回は実質4日間で約419.8km。
あれほど苦労したのが信じられないぐらい、余裕で走れるようになっていました。
色々と感慨深い旅になったね。

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いつも通り、30分で輪行作業完了。
東海道ツーリング」の後にオーバーホールしたばかりなのに、
今回も雨天走行で酷く汚れてしまった。また整備が必要です。

そしてリアフェンダーにクラックが入っているのを発見。
このまま使い続けると、いずれ破断するでしょう。

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切符を購入し、山陰本線を乗り継いで兵庫県の最寄駅へ。
基本的に特急は使わないので、普通列車で9時間以上。
長い移動が始まります。

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1138の快速アクアライナーまで待機。
待合室も大遷宮モードでした。

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退屈な輪行中、鳥取駅でサイクルツーリストと遭遇。
東京から小径車で全国を回っている途中だとか。
こういう出会いが、旅の醍醐味なんですね~

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城崎温泉駅で先程のサイクリストと別れました。
このペースだと、7~8月に北海道を走っているとのこと。
向こうで会えるといいですね。

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21時前、うんざりするような移動を終えて最寄駅に到着。
サラリーマン達にチラ見される中、適当に自転車を組み立てます。
20分で作業完了。出発・・・

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自宅に帰り着いたのは2130頃のこと。
お疲れ様。次ページ、旅のまとめで終わります。

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