山陰ツーリング II

01|プロローグ
02|宮津駅~天橋立~籠神社~浦嶋神社~京丹後
03|京丹後~玄武洞~余部橋梁~鳥取
04|鳥取~白兎神社~米子~黄泉比良坂|揖夜神社
05~松江松江城・小泉八雲旧居・八重垣神社
06|***
07|***
08|エピローグ

2013年5月28日(火) 3日目
強行群。

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黄泉比良坂を出てR9に復帰。
松江方面へひたすら走ります。

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R485に乗り換え。
NTTアンテナはツーリングにおける重要なランドマーク。
ということは、あそこが市街中心部ですね。

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1813、JR山陰本線の松江駅に到着。
ここまで約137.2kmでした。流石にきつい。

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駅前で休憩中・・・

4月の「東海道ツーリング」は走りにくい市街地ばかりで、
早朝から日没まで走っても120kmぐらいが限界でした。
本来なら夕方の時点で100km~120kmが理想的。

今回については、東海道の反動で走りすぎています。
コンディションに合わせてプランやルートを変えるのはよくあること。
難しいことは考えず、とにかく走りましょう。

松江地図 
こちらが松江周辺の地図。
R9から市街に入って、宍道湖北岸のR431へ。
まもなく日没・・・探訪する時間は無さそうです。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋して掲載。
「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記しています。

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R37沿い、宍道湖東岸の白潟公園へ。
前回は余裕が無くて、松江は完全スルーでした。

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R37、宍道湖大橋で大橋川を渡ります。
松江市街は大橋川で二つに分かれており、
北が橋北、南が橋南と呼ばれているようです。

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橋北エリアには松江城や小泉八雲記念館があります。
が、寄り道すると日が暮れてしまいますから全てカット。
これで、松江でゆっくりする予定も完全に消滅しました。

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1845、ローソンにIN。ここまで約141km。
最終補給を済ませて、しばらく休憩させてもらいますよ・・・

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ここから2016年8月13日補完分。
JR松江駅にて下車。松江市街を歩きました。

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宍道湖東岸の白潟公園へ。
これは青柳楼の大燈籠。

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松江のシンボル、嫁ヶ島。
宍道湖観光遊覧船「はくちょう」が運航しています。

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宍道湖大橋で大橋川を渡って橋北エリアへ。

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松江城までやってきました。観光客がいっぱい。
かつての松江藩の中心で、隣に島根県庁があります。

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安土桃山時代の慶長16年(1611年)に完成した高島城。
天守は現存しており、観光地としてよく整備されています。

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松江城の周囲を流れる堀川。
堀川めぐりという遊覧船も楽しめる様子。

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堀川の北には小泉八雲記念館&小泉八雲旧居。
著名な日本研究家のパトリック・ラフカディオ・ハーン氏が、
明治24年(1891年)に半年間暮らしていたところです。

ハーン氏は当地で小泉セツと結婚し、後に日本に帰化。
小泉八雲を名乗り、日本文化に関する優れた著作を残したことで知られています。
八雲の名は、出雲国の枕詞である素盞嗚尊の「八雲立つ・・・」の歌に因むとか。

・・・という背景から、東方的には「妖々夢」の八雲紫、
秘封倶楽部のマエリベリー・ハーンの名前の元ネタと考えられるでしょう。
キャラクター設定で明らかにされているわけではありませんが、
メリーはアイルランド・ギリシャ系なイメージだと思います。

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では、松江駅から八重垣神社へ。
松江市営バスを利用、八重垣神社バス停にて下車します。

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八重垣神社は松江市街から4.5kmほど離れています。
自転車なら余裕でアクセスできる距離。

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早速、境内へ。

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神門をくぐり、拝殿にて参拝。
主祭神は素盞嗚尊と稲田姫命。
大己貴命と青幡佐久佐日古命を配祀しています。

とってもクレイジーな素盞嗚尊は高天原で数々の乱暴狼藉を働き、
姉の天照大神に多大な迷惑をかけたことから地上へ追放されてしまいます。
そこで足摩乳命と手摩乳命という老夫婦に出会い、娘の稲田姫命が
八岐大蛇なる怪物に食べられてしまうという話を聞くのでした。

そんなわけで、素盞嗚尊は稲田姫命を櫛の姿に変えて髪に挿し、
八岐大蛇を酒に酔わせた上で退治。二人は結婚して須賀の地で暮らします。
有名な伝説ですから、説明するまでもありませんね。

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創建年代は不詳。
かつて須賀で創建され、後に現在の佐草に遷座。
青幡佐久佐日古命を祀る佐久佐神社に合祀されますが、
明治11年(1878年)になって八重垣神社に改称したとのこと。

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八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を

須賀にやってきた素盞嗚尊が詠んだことで知られる歌。
適当に意訳すると、「ここに愛の巣を作るよ!」みたいな宣言。
上述の通り出雲国の枕詞になり、小泉八雲の名前の由来にもなりました。

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奥の院、鏡の池へ。

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観光客やアベックで賑わってます。
素盞嗚尊は、ここに稲田姫命を隠して八岐大蛇から守ったとか。
二人が新居を建てたのは佐草であるとも伝わっています。

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鏡の池。縁占いが人気のようです。

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松江の補完探訪を終えて出雲へ。
ここまで、2016年補完分でした。

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・・・既に日は暮れました。
ヘッドランプをヘルメットに装着し、安全ベストも用意。
雨天・夜間走行は好きではありませんが、避けようのないこと。

ライトはフロントx2、リアx2で視認性抜群。
これまで愛用していたPETZL TIKKA XP2は防水性が微妙だったので引退。
今回から、防水性に優れたTACTIKKA XPに切り替えています。
(詳細はライトのページを参照)

1935、休憩終了につき出発。
道の駅「秋鹿なぎさ公園」までラストスパートです。

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宍道湖北岸のR431に乗って道の駅へ。
交通量が多く、湖側の路側帯は非常に危険。

前回は歩道を走り、宍道湖湖北自転車道に乗り換え。
途中から歩道になったり、車道に消えたりして信用できず、
結局山側の広域農道に乗り換えていました。

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一部区間以外、電灯はありません。
最大光量にして歩道を照らしながら走ります。
時間的に交通量は減ってきましたね。

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大規模工事中。車道は相変わらず狭くて危険。
自転車は歩道、というか狭すぎる砂利道の通行を強制されます。
もはや自転車の通行など一切考慮していない状況。これは酷い。

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工事区間を抜けて湖岸に復帰しました。

どういうわけか、歩道はここで消滅。
自転車道の看板があるにも関わらず、前方には車道だけ。
街灯無し、歩道無し、自転車道無し、迂回路も無し!

最悪な道は沢山走ってきましたが、とうとう堪忍袋の緒が切れました。
もう限界です。そちらがその気なら、相応の手段を取らせてもらう。

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湖側の路側帯を爆走~
こんなことなら最初から車道を走っておけばよかった。
意味不明な道を作りやがって。

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2050、道の駅「秋鹿なぎさ公園」に到着。
本日の走行距離は約153.8km。長い一日が終わりました。

ロングツーリングで150kmを超えるのは相当無理があります。
しかし、これほどの無茶が可能になったのは沢山の道を走ってきたから。
5年前の自分には絶対出来なかったことです。
まあ、前の仕事のおかげもあるかな・・・

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車中泊の旅人と談笑して、直ちに寝場所を確保。
軒下が広くて寝場所には困りません。ナイスコンディション。

洗面を済ませたら野宿セット展開。
もたもたしていると睡眠時間が減ってしまいます。
明日の天気は曇り&雨、既にパラついてきました。

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地元の若者が集まり始め、スケボーで盛り上がっています。
私には何の関係もないので就寝。時刻は2205となりました。
強行プランを終え、4日目に続きます。

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