善光寺・戸隠神社探訪

01|長野駅~善光寺~長野駅
02長野駅~戸隠神社宝光社~火之御子社~中社~奥社
03|戸隠神社奥社~鏡池~中社~長野駅~東京駅

2015年9月19日(日) 2日目
戸隠巡り。

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0500起床。

現在地は長野県長野市の「チサングランド長野」。
0610、朝食を済ませてチェックアウトします。
本日の天気は晴れ&曇りの模様。

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まずはJR長野駅へ。曇ってます。

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駅前の長野駅バス停にて待機中・・・
ここからアルピコ交通、川中島バスを利用。
戸隠へ向かいます。

※バスの運賃や時刻表は頻繁に改正されます。
レポ記載の情報は古くなっていることがあるので、
必ず最新の情報を入手した上で訪れてください。

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0700の戸隠高原行きに乗車。
浅川ループラインを経て1時間ぐらい。

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0754、戸隠宝光社バス停にて下車。
運賃は1150円でした。

戸隠地図 
こちらが戸隠周辺の地図。
今回のルートは宝光社~火之御子社~中社~奥社入口~奥社~鏡池~中社。
宝光社→火之御子社→中社→奥社・九頭龍社の順に戸隠神社を巡ります。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋して掲載。
「カシミール3D」で出力し、ポイント及びルートを追記しています。

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早速、R36から戸隠神社宝光社へ。

実は、戸隠探訪はこれで2度目。
前回のレポは古く、写真が少なかったこともあり、
善光寺と併せて補完に訪れたわけです。

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この時点で標高1000m以上。
気温は15℃で、ちょっと涼しい程度。

戸隠という地名は、天照大神の岩戸隠れに因んだもの。
その昔、素戔嗚尊が高天原で数々のクレイジーな乱暴狼藉を働き、
姉の天照大神が天岩戸に引き篭もってしまったエピソードは
よく知られていると思います。

太陽を象徴する天照大神が隠れたことで世界は暗闇に。
八百萬の神々は対応を協議し、 天八意思兼命の立案により宴会を開催。
天鈿女命がアレなダンスを披露して天照大神が顔を覗かせた隙に、
天手力雄命が引き摺り出して世界に光が戻ったそうな。

その騒動の際、天手力雄命が投げた天岩戸が、
当地に飛んできて戸隠山になったと伝わっています。

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急な石段を登ります。

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岩戸開きで活躍した神々を祀り、
奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社から成る戸隠神社。
本社である奥社は、孝元天皇5年(紀元前210年頃)の創建と伝わります。
秘封倶楽部の「伊弉諾物質」は、蓮メリが神の時代の風景を求めて
戸隠探訪に出かけようとする場面で終わります。

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社殿にて参拝。
宝光社の創建は康平元年(1058年)のこと。
天八意思兼命の御子神である天表春命をお祀りしています。

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境内の様子。

かつては修験道の道場だった戸隠。
神仏習合の時代には戸隠山顕光寺として栄えました。
早朝にも関わらず、観光客で賑わっています。

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0825、火之御子社と中社に繋がる神道へ。
熊が出るヨ~

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小鳥の森を抜ける、ちょっとしたハイキングコース。
雰囲気のいい道です。

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0835、伏拝所を通過。立派な杉ですね。

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分岐を右に入り、火之御子社へ。
鹿の足跡がありました。

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0845、火之御子社の境内に下りました。

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こちらが戸隠神社火之御子社。
承徳2年(1098年)の創建で、主祭神は天鈿女命。
高皇産霊命、栲幡千千姫命、天忍穂耳命を配祀しています。

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神道を使わない場合はR36から入ります。

R36はつづら折れの狭い車道。
観光シーズンは大変混雑するため、
マイカーで訪れるのはオススメできません。

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境内には西行桜がありました。
善光寺の参拝を終えて戸隠にやってきた西行法師は、
ここで戸隠山を遥拝して引き返したそうです。

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先程の分岐に戻り、中社へ向かいます。

北東の正面に見えるのは怪無山(1549m)。
戸隠スキー場中社ゲレンデが整備されています。
・・・なんだか曇りがちな天気。奥社は大丈夫でしょうか。

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神道を抜けてR36に合流。
旅館や観光施設など色々あります。

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0915、R36を渡って戸隠神社中社。
交通量が多いので気を付けてください。

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境内へ。

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涼しい空気。

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石段を登ります。

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社殿にて参拝。

中社の祭神は天八意思兼命。
寛治元年(1087年)、奥社と宝光社の間に創建されました。
規模やアクセス的には、ここが戸隠神社の中心となっています。

岩戸開きの立案者として知られる天八意思兼命。
東方的には、「永夜抄」の八意永琳の元ネタの一つですね。

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境内を出て、次は奥社入口へ。

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R36は使わず、小さい車道を歩きます。

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ハイキングコース風の道に入りました。
この先で戸隠連峰の眺望が得られるようです。

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はい、戸隠連峰はガスの中~
とりあえず、奥社まで行きましょう。

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R36に復帰。駐車場は満タンの模様。

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1003、奥社参道入口。観光客がいっぱい。

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さかさ川を渡り、鳥居をくぐって参道へ。
麓の奥社まで2kmほど歩きます。

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やはり、雰囲気のいい道です。

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まもなく中間点の随神門。

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1025、随神門までやってきました。
南の鏡池方面、北の戸隠キャンプ場方面への分岐があります。

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随神門をくぐると、有名な杉並木の参道。
もっと人が少ないシーズンに訪れましょう。

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奥社へ。
この杉並木は江戸時代初期に整備されたとか。

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徐々に緩い登りになります。
気温は13℃。霧雨っぽい空気です。

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奥社までもう少し。
左手に、飯綱大明神を祀る飯綱社があります。

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既に奥社エリア。

行列が出来るほど人気のある戸隠神社。
最近ではパ○ースポットとして有名になっているようですが、
そっち系は興味ないのでスルー。

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しばらく行列に並んで、まもなく奥社拝殿。
ラスト、3ページ目に続きます。

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