諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I

01|下諏訪駅~下社秋宮|御射山社
02|~御作田社~注連掛~木落し坂~下社春宮|旧御射山・車山神社
03|~釜口水門~岡谷駅~藤島神社~洩矢神社~茅野駅
04|茅野駅~守屋山(守屋神社奥宮・里宮)~御柱屋敷~
05|上社前宮|水眼の源流
06|~守矢史料館(守矢邸・御頭御社宮司総社)
07|~北斗神社~上社本宮
08~大祝邸~木落し公園~茅野駅御座石神社青柳駅~御射山社
09|茅野駅~葛井神社~足長神社~八劔神社~手長神社|立石公園
10|~上諏訪駅~兒玉石神社~先宮神社~高島城~下諏訪駅

2016年5月1日(日) 2日目

2_218 
1600、もう夕方になりました。
諏訪大社上社本宮を出て、大祝邸に寄り道します。

2_219 
R16、神宮寺南町と神宮寺交差点の間を曲がります。

2_220 2_221 
1605、住宅街を抜けると大祝邸。
事前に位置を調べておけば簡単に分かります。
逆に言うと、予習無しで探しても見つかりません。

2_268 
手前には春日神社。
大祝邸内にあったようですが、由緒等の詳細は不明。

2_223 2_224 
こちらが旧大祝邸跡の表門。

かつて諏訪の地を治めた諏訪氏。
中世までは前宮の神殿を居館としていたのが、
安土桃山時代にはこちらに移り、広大な邸宅を構えたそうです。
江戸時代になると高島藩主の諏訪氏と上社大祝の諏方氏に分かれ、
明治の世襲制神官廃止によって大祝の役目を終えることになります。

平成14年(2002年)、諏方頼広から数えて15代目の弘氏が死去され、
神長の守矢家と共に諏訪信仰を体現した大祝の諏方家は断絶。
残された邸宅は現在、諏訪市が整備・管理しています。

2_225 2_226 
柵を開けて見学。昔は立派な屋敷があったそうです。
焼失や再建、大祝の廃止で縮小を繰り返し、面影はありません。

ここ100年ほどの近代化の中で、多くの歴史が消失しました。
しかしミシャグジ神や洩矢神、諏訪大明神の信仰は失われておらず、
古代の祭祀や熱狂的な御柱祭が続いているのは、
とても喜ばしいことだと思います。

2_227 2_228 
土蔵には梶の葉。諏訪氏と諏訪神社のシンボルです。
時刻は1620、茅野へ戻りますよ。

2_229 2_230 
R16をのんびりリターン。
今日は午前中に守屋山、午後は上社に守矢家&諏方家。
充実しすぎて、写真整理&レポ執筆が思いやられます。

ポイントを絞ってそれらしいレポを目指していますが、
撮りこぼしてしまったり、時間が足りず割愛させてもらったり、
訪れてみたものの、説明が難しく掲載を見送ったところも。
決してフルコンプリートというわけではありません。

2_4 2_1 
2_3 2_8 
撮りすぎて掲載しきれない8月補完分。
御柱の川越しが行われた宮川の様子。
東岸にも御柱が建てられています。

2_5 2_6 
昔は掻き上がりと呼ばれ、通行に苦労する急坂だったそうな。
今では普通の土手になっており、道路や橋も整備されています。

2_10 2_9 
西岸の川越し公園。ここまで8月補完分。
安国寺天神社一之御柱が安置されていました。

2_236 
ホテルに戻らず、上川橋交差点を直進。
木落し公園に向かいます。

2_231 2_232 
2_235 
1642、JR中央本線をくぐって木落し公園。
小高い丘といった雰囲気です。

2_233 2_234 
下社の木落し坂と比べると地味ですが、
こちらの御柱は目処梃子を装着するため見た目は豪華。
それぞれ勇壮さを競い合っているのかもしれません。

2_169 2_175 
またまた8月補完分・・・

2_174 2_170 
坂の頂上には、目処梃子を装着した御柱が展示されています。

2_171 2_172 
2_173 
御柱&目処梃子。
ここまで8月補完分でした。

2_85 
ここから11月補完分。茅野駅東口から御座石神社へ。
上川沿いのR192を2.5kmほど歩きます。

2_86 2_88 
2_89 2_87 
上社摂社の御座石神社にやってきました。
建御名方神の御母神である高志沼河姫命をお祀りする社で、
その昔、建御名方神が祭神を高志国(越後)から迎えて住居にしたのだとか。
境内入口には、祭神が旅の靴を履き替えたという御履石があります。

2_90 2_102 
2_96 2_101 
R152とR192に挟まれているにも関わらず、とても静かな境内。
御柱は見当たりませんが・・・当社では4本の御柱で鳥居を立てることになっています。

2_92 2_95 
2_91 
拝殿の手前には、祭神が当地まで乗ってきた鹿の足跡が残る石。
この石に腰を掛けて休んだとも伝わっています。
神紋は諏訪大社と同じ梶の葉ですね。

2_94 2_93 
その左手には、矢ヶ崎村七石の一つである穂掛石。
諏訪七石の一つである御座石とは別物のようです。
う~ん、拝殿手前の石が御座石なのかな~?

2_103 
R192で茅野駅へリターン。
夕日に照らされた八ヶ岳が綺麗だったので1枚。

2_1 2_2 
更に11月補完分。茅野駅の次、青柳駅にて下車。
R20、R90を乗り継いで諏訪郡富士見町にIN。
上社の御射山社に向かいます。

2_3 
2_4 2_5 
3kmほど歩いて、御射山社の東にある参道入口。
青柳駅から40分ぐらいかかりました。

2_6 2_7 
林の中の広い境内へ。
所々ぬかるんでいるので、うっかり踏み込まないように。

この一帯は中世には神野と呼ばれており、
上社の御射山御狩神事が行われていました。
古くは狩猟や農耕の祭祀で風祭りの意義を持っていたそうで、
長い歴史の中で形を変えながら、現在でも御射山社祭として存続しています。
下社と同じく神奈子様のスペカ、贄符「御射山御狩神事」の元ネタですね。

2_9 2_10 
2_8 
拝殿に回り込んで参拝。中に本殿が二つ設けられており、
左が建御名方神を祀る御射山社、右が国常立命を祀る国常立命社となります。

2_12 2_13 
手水石を挟んだ拝殿の向かい側にも祠が並んでいます。

2_14 
2_15 2_16 
左から息長足姫命を祀る神功皇后社。
高志沼河姫命を祀っていると伝わる子安社。
大祝の始祖である諏訪有員のものとされる塚。
右手には大山祗命を祀る磯並社があります。

2_17 
正面には大四御盧社。
祭神は大己貴命、事代主命、建御名方神、下照姫命。
大国主命と、その御子神達をお祀りしています。

2_21 2_19 
南の境内入口には、大山祗命と木花開耶姫命を祀る浅間社。
富士見町の名の通り、浅間信仰とも関係が深いのでしょう。

2_22 2_18 
境内には蛭子尊、大国主命、事代主命を祀る西宮社。
大物主命を祀る三輪社もありました。

2_104 2_23 
僅かに残った松並木の参道を通って帰ります。
後は青柳駅から茅野駅へ。ここまで11月補完分でした。

2_238 
・・・2日目の探訪も日没ギリギリでした。
ローソンで補給を済ませたらホテルに戻ります。

2_239 2_240 
1720、JR茅野駅西口。
茅野駅前交差点に前宮の鳥居がありました。

2_241 2_242 
2_246 
1730、ようやく「ちのステーションホテル」にIN。

6時に出発して11時間半の行程。
本日の走行距離は約29kmになりました。

2_244 
明日の天気も晴れ。気温は上昇するらしい。
1930、就寝。最終日の3日目に続きます。

「中部地方の旅」のレポ一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。