諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I

01|下諏訪駅~下社秋宮|御射山社
02|~御作田社~注連掛~木落し坂~下社春宮|旧御射山・車山神社
03|~釜口水門~岡谷駅~藤島神社~洩矢神社~茅野駅
04|茅野駅~守屋山(守屋神社奥宮・里宮)~御柱屋敷~
05上社前宮水眼の源流
06|~守矢史料館(守矢邸・御頭御社宮司総社)
07|~北斗神社~上社本宮
08|~大祝邸~木落し公園~茅野駅|御座石神社|青柳駅~御射山社
09|茅野駅~葛井神社~足長神社~八劔神社~手長神社|立石公園
10|~上諏訪駅~兒玉石神社~先宮神社~高島城~下諏訪駅

2016年5月1日(日) 2日目

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1255、諏訪大社上社前宮。
この区間はR152となっています。

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境内へ入ります。
オレンジのテープは里曳きの安全表示。
この斜面が御柱の通り道になるんですね。

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参道左手には、中世まで大祝(諏訪氏)の居館があった神殿跡。
一帯は神原といって、上社の重要な神事が行われました。
内紛により聖地が穢れた時代もあったそうです。

生神であり、上社の御神体とされた大祝。
その祭祀を司ったのが神長の守矢氏だったのです。
この辺りの経緯は、1日目(3ページ目)の洩矢神社で書きました。

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社務所エリアから本殿へ。
案内図の一番上に守屋山があります。

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車道を上って本殿エリアへ。
ここまで御柱を曳いてくるのは大変そう。

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拝殿にて参拝。
祭神は建御名方神と八坂刀売神です。

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前宮は拝殿奥に本殿があり、他の三社とは異なる構成。
諏訪信仰発祥の地とされ、祭神が最初に鎮座されたところだとか。
祭神の墳墓もあって立ち入り厳禁。入ると神罰が下ります。

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氏子の皆さんが建御柱の準備中。

御柱祭にかける情熱は、ご覧の通り相当なもの。
ここでは誰もが諏訪大明神を崇敬し、御柱を愛しています。
地元のおばさん曰く、そういう遺伝子を持って生まれてくるらしい。
そうか・・・諏訪の人々のDNAは御柱で構成されてるんだ・・・

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拝殿の左手を水眼の清流が流れています。
前宮の御手洗川であり、御神水として利用されてきました。

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本殿の裏手に回って。
御柱祭が終わったら再訪します。

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これは2009年撮影分。
御柱祭シーズン以外は静かな社です。
私は四社の中で、前宮の雰囲気が一番好き。

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本殿エリア。東に八ヶ岳が見えます。

出雲から来た建御名方神が最初に鎮座され、
その子孫である大祝の諏訪氏が居館を構えていた前宮。
先住の洩矢神の子孫、神長の守矢氏がミシャグジ神を降ろす場でもありました。
諏訪大社にとって、大変重要な聖地と言えそうです。

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ここから2016年8月17日撮影分。
例によってJR茅野駅から歩いてきました。

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参道右手には溝上社。
建御名方神の御母神である高志奴奈河比売命を祀ります。
八ヶ岳西麓の御射山へ出発する際、参詣する社だったとか。
摂末社は色々ありますが、一部割愛させてもらってます。

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御柱の通り道。
この坂を曳いて前宮に向かいました。

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まずは社務所エリア。

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鳥居の傍らには前宮末社の若御子社。
建御名方神の御子神達を祀っています。

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左手を上がると十間廊(古くは神原廊)。
酉の祭とも呼ばれる御頭祭が行われます。
ミシャグジ神を降ろし、75頭もの鹿の頭を供える神事。
縄文時代から続く、狩猟と農耕の祭祀と考えられています。

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右手には神宝を安置した内御玉殿。
御神体である大祝が神具を装備して現れ、
その姿は、まさに現人神だったそうな。

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十間廊と内御玉殿の間を抜けて本殿エリアへ。

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境内を出たところにある御室社。
大祝や神長が蛇形のミシャグジ神と共に冬ごもりをする、
穴巣始と呼ばれる神秘的な祭祀が行われていました。
重要な神事でしたが、中世以降は廃絶したとのこと。

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車道を上って本殿エリア。右手には「茶処 山里」。
東方ファンがよく訪れ、中の人も東方を御存知だとか。

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拝殿の前に天神社一之御柱が安置されていました。
御柱祭が終わると、周辺の社で小宮祭が行われます。

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社叢に覆われた拝殿の様子。
やはり前宮は特別だと思います。

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拝殿の右手前には、前宮一之御柱。
先端が三角錐状にカットされているのは下社と同じ。
上社の御柱は御幣を取り付けることになっています。

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同じく一之御柱。

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右奥には四之御柱。

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拝殿の左手を流れる御手洗川。

名水「水眼」の清流と呼ばれており、
神奈子様のスペカ、神符「水眼の如き美しき源泉」の元ネタ。
この川を遡っていくと山中に源流があるらしい。
また訪れて補完します。

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清流のほとりに建てられた、左手前の二之御柱。

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左奥には三之御柱。綺麗な水です。

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同じく三之御柱。

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麓へ流れていく御神水。
ここまで8月補完分でした。

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ここから2016年11月28日撮影分。
前宮周辺の補完に訪れました。

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本殿エリア前の車道は補修工事中。

前宮地形図 
こちらは前宮から水眼の源流に至る地形図。
整備されたルートではありませんが、徒歩でアクセス可能。
足回りは万全の態勢で、御神水を穢さないよう注意してください。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋して掲載。
「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記しています。

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拝殿左手の車道を歩いて水眼の源流へ。

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源流まで1kmほど。林道っぽいルートです。

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廃車置場を過ぎると分岐があります。
まずは正面の祠と砂防ダムへ。

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一帯を守る山ノ神と、桶沢川に設置された小町屋砂防ダム。
水眼の清流はダムの右手を流れています。

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先程の分岐を右折して源流に向かいます。

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その途中にある山ノ神古墳。
諏訪氏に繋がる人物の墳墓と推定されています。
前宮周辺には多くの古墳があったのに、大部分は消滅したらしい。

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小さな橋を渡ると、林道から右手に下って清流沿いの道へ。
地形図でナビゲーションすれば大丈夫。

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清流沿いに登っていきます。
濡れて滑りやすいから気を付けて。

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15分ぐらい歩くと水眼の源流に到着。
前宮の本殿からここまで40分程度でした。

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山中から湧き出る御神水の様子。
小さな祠が源流を見守っていました。

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本殿エリアに戻り、拝殿前の鎌倉道を右へ。
次は前宮公園へ登りますよ。

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急な山道を登ると、立派なイヌザクラがあります。

ここは峯のたたえと呼ばれる祭祀跡。
その昔、上社には諏訪七石・諏訪七木という信仰があり、
神使が各地の石や木を回ってミシャグジ神を降ろす祭祀を行ったとか。
この祭祀は湛神事といって、その一つが峯のたたえというわけです。

東方的には諏訪子様のスペカ、土着神「七つの石と七つの木」の元ネタ。
・・・ですが、古い時代のことなので全ての場所は特定されていません。
全部カバーするのは不可能です。

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かつて大祝と神使が通った鎌倉道。
推定樹齢200年余りの大木の根本に祠がありました。
湛神事は中世に行われていたと伝わっているので、
この木も世代交代しているのだと思います。

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峯のたたえからグラウンドに下ります。
ここには狐塚という古い墳墓があったのに、
公園建設のために潰してしまったそうです。

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グラウンドから下って本宮へ。
ここまで11月補完分でした。

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午後の行程は始まったばかり。
境内を出て自転車に戻りましょう。
6ページ目、守矢史料館に続きます。

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