諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I

01|下諏訪駅~下社秋宮|御射山社
02|~御作田社~注連掛~木落し坂~下社春宮|旧御射山・車山神社
03|~釜口水門~岡谷駅~藤島神社~洩矢神社~茅野駅
04茅野駅~守屋山(守屋神社奥宮・里宮)~御柱屋敷~
05|上社前宮|水眼の源流
06|~守矢史料館(守矢邸・御頭御社宮司総社)
07|~北斗神社~上社本宮
08|~大祝邸~木落し公園~茅野駅|御座石神社|青柳駅~御射山社
09|茅野駅~葛井神社~足長神社~八劔神社~手長神社|立石公園
10|~上諏訪駅~兒玉石神社~先宮神社~高島城~下諏訪駅

2016年5月1日(日) 2日目
マウンテン・オブ・フェイス。
信仰の山、守屋山へ登ります。

2_1 2_2 
0500起床。2日目の天気も晴れ。

現在地は長野県茅野市の「ちのステーションホテル」。
手早く朝食を済ませて出発しますよ。

2_3 
0600、マシンの準備完了。
気温は18℃。まだ涼しいぐらい。

諏訪略地図 
本日は茅野駅付近のホテルを出発して杖突峠(1247m)へ。
そこから徒歩で守屋山(1650.3m)へ登るハイキングプラン。
午前中に下り、午後は諏訪大社上社前宮と本宮周辺を探訪。
後はホテルにリターン、約30kmの予定です。

※「OpenStreetMap」からトレースして作成。

2_4 
行程開始。昨日下諏訪から見えていた守屋山へ。
まずは駅前のR197に乗って、上川橋で上川を渡ります。

2_5 
R16に乗り換え、上社方面へ。

地元の方の間では、上社の神体山と認識されている守屋山。
しかし上社からは直接見えず、神体山というより里山のような佇まい。
もしかすると、洩矢神や守矢氏と関係があるかもしれません。
実際に登って確かめてみましょう。

2_6 
宮川を渡って安国寺交差点を左折、安国禅寺前を通って上り開始。
R152を迂回して杖突街道を利用。峠まで8kmぐらいです。

2_7 2_8 
住宅街を上り中。
東の八ヶ岳方面は雲に覆われています。

2_9 
R152に合流。安国寺西交差点からアクセスすると、
安国寺トンネルを抜けるルートになります。

2_11 2_10 
道なりに上っていきます。

守屋山は伊那山地の一部であり、
糸魚川静岡構造線と中央構造線の交差点。
盆地から一気に盛り上がり、そこそこ急な地形となっています。
諏訪子・・・いや諏訪湖の標高が759m、茅野駅が800mぐらいですから、
峠まで400mほど上がることになります。

2_12 
とは言っても、スポーツサイクルを使えば余裕。
ヒルクライムに慣れているサイクリストなら問題ありません。

2_13 2_14 
黙々と上ります。かなり暑い。

2_15 
小休止ポイント、峠の茶屋が見えました。

2_16 
0700、杖突峠手前の峠の茶屋。
駐車場や休憩所があって、道の駅のようなところ。
ツーリング中のライダー達が屯してます。

2_18 2_17 
展望台は改修工事中。
諏訪湖がうっすら見えています。

2_19 
0710、出発。
守屋山の登山口まで、あと一息です。

2_20 2_21 
0715、杖突峠(1247m)を越えて伊那市にIN。
上伊那郡高遠町だったのが、平成18年(2006年)に伊那市の一部となりました。

その昔、この辺りで神降ろしの儀式が行われており、
降りてきた神様が杖を突くことから杖突峠という名になたとか。
晴ヶ峰とも呼ばれ、ハレの日の儀式に由来しているという説もあります。

2_22 2_23 
0720、守屋山登山口の駐車場までやってきました。
4月中のみ、JRバス関東の茅野駅~高遠駅便が運行。
それ以外のシーズンはマイカーの使用が無難です。

2_24 2_25 
駐車場の様子。既にハイカー数名が出動。
以前は長谷部アジア公園なる建物があったそうですが、撤去済み。
平成26年(2014年)、跡地にメガソーラー晴ヶ峰が設置されました。

2_26 2_27 
自転車をロックして山歩きの準備。
ここからは「守屋山ハイキング I」になります。

守屋山地図 
こちらが守屋山周辺の地図。
駐車場にある登山口をスタートしたら、
守屋山水呑場山荘を経て守屋神社奥宮のある東峰へ。
主峰となる西峰で折り返して、守屋神社里宮まで下ります。
後はR152を歩いて駐車場にリターン。約8kmの予定です。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋して掲載。
「カシミール3D」で出力し、ポイント及びルートを追記しています。

尚、守屋山の登山口は上社本宮付近にも存在しており、
マイカーで杖突峠までアクセスしなくても麓から登ることができます。
2017年1月の「守屋山ハイキング II」では、本宮~守屋山のルートをカバー。
そちらのレポを参照してください。

2_28 
0740、取り付き開始。

2_30 
尾根道を登っていきます。
標識が点在しており、分かりやすい。

2_31 2_32 
林道に合流。
登山道と林道以外は立ち入り禁止です。

2_33 2_34 
林道を外れてショートカット。
守屋山座禅草コースに入ります。

2_35 2_36 
沢を渡ります。
古い木道のため、足元に十分注意してください。

2_37 
2_41 2_40 
0810、広場に出ました。
よく整備されたハイキングコースです。

2_38 2_39 
守屋山水呑場山荘。
避難小屋として開放されているのかな。

2_42 
東峰へのメインルートに入ります。

2_44 
歩きやすい尾根道。
諏訪市と伊那市の境界になっています。

2_45 2_46 
ちょっと急な胸突坂を登ります。
岩場を越えると、まもなく東峰。

2_47 2_48 
東峰が見えました。

2_49 
0850、守屋山東峰(1631.2m)。
風が強いです。

2_51 2_52 
北に諏訪湖、東に八ヶ岳。
空気が霞んでおり、眺望はイマイチ。

2_54 2_53 
2_50 
向こうに見えるのは西峰。
さて、ここが神体山なのでしょうか?

2_55 
山頂裏手にある守屋神社奥宮へ。
わくわく。

2_56 2_57 
こちらが守屋神社奥宮。
祭神は物部守屋大連大神とあります。
御柱は存在せず、諏訪大社との関連は不明。
ここでは山の神様としてお祀りされている様子。

祠は鉄格子で保護され、手作りの弓が備えられています。
大和朝廷の軍需産業を統轄した、物部守屋らしいアイテム。
守屋山の守屋とは、物部守屋のことだったのですね~???

2_60 
祠の手前には、磐座らしき雰囲気の岩。

飛鳥時代、仏教を巡って蘇我馬子と対立した物部守屋。
寺院を焼いたり仏像を捨てるなど熱心な廃仏派でしたが、
用明天皇2年(587年)に勃発した丁未の乱により滅ぼされ、
物部一族は全国に逃亡したと伝わっています。

守屋の妹は布都姫(太媛)といい、馬子の妻となりました。
その娘とされる刀自古郎女は、豊聡耳こと聖徳太子の妻になったとか。
既にお分かりでしょうが、それぞれ「神霊廟」の物部布都、蘇我屠自古、豊聡耳神子のモデル。
「風神録」の舞台で、意外な関連を発見したというわけです。

2_59 2_58 
しかし、守屋を祀るようになった由来は一切不明。
祠は北東を拝するように建てられており、上社方面に通じていますが、
守屋山が神体山なのかという疑問も解けていません。

物部一族の誰かが諏訪の地に逃れ、守屋を祀るようになった?
そうだとすれば、諏訪大明神を祀る諏訪大社とどのような関係が?
守屋の名が洩矢神や守矢氏と同じ読みなのも気になるところ。
下山後、上社と守矢史料館で確認してみようと思います。

2_61 2_62 
東峰を後にして、西峰に向かいます。
左手には守屋神社里宮への分岐。
帰りはここから下りますよ。

2_63 
西峰まで軽いアップダウン。
誰でも気軽に登れるルートだと思います。
念のため、最低限の装備は携行してね。

2_64 2_65 
元気になる木、ブナン観音。
登りはもう少し続きます。

2_82 2_83 
0905、守屋山中獄(1643m)を通過。

2_66 2_67 
カモシカ岩。
その名の通り、よくカモシカが立つらしい。
ちなみにカモシカは鹿ではなく牛の仲間です。

2_270 
まもなく西峰。

2_69 
2_70 2_71 
西峰手前の守屋山頂ラビットハウス。
ファンシーな感じの休憩所です。

2_72 
そのまま山頂へ。
ハイカーのグループが休憩中。

2_76 
2_78 2_74 
0915、守屋山主峰の西峰(1650.3m)。
磐座も祠も存在せず、普通のオープンな山。
信仰の対象としての守屋山は、東峰を指すのでしょう。

2_75 
諏訪湖と諏訪盆地を眺めて休憩。
気温は24℃、快晴なのに残念な眺望です。
地元のおじさん曰く、空気の澄んでいる冬がオススメらしい。

2_169 2_182 
2_173 2_175 
ということで、「守屋山ハイキング II」から冬の眺望。
条件が良ければ諏訪湖や八ヶ岳がよく見えます。
かなりオススメ。

2_81 
0935、下山開始。
まずは東峰手前の分岐に戻ります。

2_85 2_86 
0952、分岐に戻ってきました。
ここから里宮に下ります。

2_271 
つづら折れの急な下りで、特に眺望は得られません。
作業道みたいな分岐もあるから間違えないように。

2_87 
意外と長いルートです。
里宮から登ってくるのはきつそう。

2_88 2_89 
鳥居をくぐって里宮へ。

2_90 
発砲注意の看板。猟期は誤射に注意。

2_91 
1040、守屋神社里宮の境内に下りました。

2_92 
拝殿にて参拝。御柱はありません。

この時は全く気付きませんでしたが、
拝殿の裏手を登ると本殿があるようです。
またしても補完が必要になってしまいました。

2_200 
2_202 2_205 
・・・で、「守屋山ハイキング II」にて里宮を補完。
拝殿左手の宝物庫には、丸に三つ柏の神紋がありました。
丸に一枚柏の洩矢神社と、何か関係しているのかな・・・?

2_203 2_204 
拝殿裏手の石段を登って本殿へ。

2_206 2_211 
物部守屋を祀る、茅葺き屋根の本殿。
それっぽい雰囲気を醸し出しています。

2_208 2_207 
2_209 
本殿脇には石碑と祠があります。
残念ながら詳細不明。

2_212 
本殿の上もチェックしておきたい。
急な斜面を登ります。

2_213 2_233 
斜面の途中に、神紋が彫られた祠がありました。
やはり物部守屋をお祀りしているのだと思います。

2_214 2_216 
更に登ると、世界平和天の御柱・・・
これは守屋神社とは関係無さそうです。

2_217 
本殿と祠を補完したものの、結局何も分かりませんでした。
とりあえず写真だけ掲載して、難解な考察は止めておきます。
ここまで補完分でお送りしました。

2_93 2_94 
2_96 
境内を出るとR152。
登山口から、ちょうど3時間の行程でした。

2_95 2_97 
2_98 2_99 
入口から境内の様子。扁額には物部守屋神社とあります。
パネルは設置されておらず、由緒等の詳細は不明。

2_100 
守屋山探訪を終え、R152で駐車場へ。
交通量はそれなりにあります。気を付けてください。

2_101 2_102 
淡々と車道を歩いていたら、
キャンピングカーに幅寄せされて轢かれそうに。
何考えとんねんボケ。引き摺り出してしばくぞコラ。

2_106 2_105 
1120、杖突峠のメガソーラー晴ヶ峰。
駐車場はハイカーの車で溢れています。
歩行距離は予定通り約8kmでした。

2_107 
マシンを回収し、R152をリターン開始。
下る前に、峠の茶屋で休憩していきましょう。

2_108 2_109 
1140、峠の茶屋にて昼休憩タイム。
昼になって車が増え、観光客で賑わってます。
真っ当なライダーはもちろん、ブリブリ五月蝿い走り屋連中も。
GWになると、こういうのが沢山湧いてうんざりします。

2_110 
1200、休憩終了につき出発。
麓まで安全に下りますよ。

2_111 
一気に下ってきました。
里曳きの期間中、この先は車両通行止めとなります。

2_112 
1217、安国寺トンネル手前。
R152を外れて住宅街へ下ります。

2_114 
1222、R16の安国寺交差点にリターン完了。
向こうで何やらイベント中。行ってみます。

2_116 2_115 
宮川西岸の川越し公園にやってきました。
ここは御柱休めの御柱屋敷と呼ばれています。

今年の上社御柱祭のスケジュールは下社と同じく、
切り出された御柱を八ヶ岳西麓の綱置場から御柱屋敷まで曳く山出し(4月2~4日)。
御柱屋敷で休めた御柱を前宮・本宮まで運んでくる里曳き(5月3~5日)。
そして両宮の宝殿遷座祭と建御柱になります。

山出しの見せ場となるのが、木落しと宮川の川越し。
現在、川越しを終えた8本の御柱が安置されているわけです。
山出しと里曳きの合間に訪れ、上手く混雑を回避できました。

2_118 2_119 
川越しが行われた宮川の様子。
青木の森の祠にも、小さな御柱が建てられています。

2_117 2_120 
里曳きに備えて、最後の仕上げみたいな雰囲気。
屈強な男達がハッスルする山出しとは打って変わって、
里曳きは女性や子供も参加するファミリー向けのイベント。
部外者の私は遠巻きに見学させてもらいます。

2_121 
木遣歌と鼓笛隊の演奏でイベントは終了。
ラッパは吹くだけでも難しいのに、よく揃ってます。
御柱祭のため、皆さん相当練習されているようですね。

・・・が、旧軍の突撃ラッパのフレーズがあってビックリ。
戦中に始められたそうで、御柱に乗って突っ込む精神でしょうか。
諏訪大明神が軍神として崇敬されたとは言え、今は平成の世。
突撃ラッパはアレなので取りやめるところもあるとか。
はい、この話題はここまで。解散!

2_123 
1250、R16に戻って午後の行程開始。
次ページ、上社前宮に続きます。

「中部地方の旅」のレポ一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。