諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I

01|下諏訪駅~下社秋宮|御射山社
02~御作田社~注連掛~木落し坂~下社春宮旧御射山・車山神社
03|~釜口水門~岡谷駅~藤島神社~洩矢神社~茅野駅
04|茅野駅~守屋山(守屋神社奥宮・里宮)~御柱屋敷~
05|上社前宮|水眼の源流
06|~守矢史料館(守矢邸・御頭御社宮司総社)
07|~北斗神社~上社本宮
08|~大祝邸~木落し公園~茅野駅|御座石神社|青柳駅~御射山社
09|茅野駅~葛井神社~足長神社~八劔神社~手長神社|立石公園
10|~上諏訪駅~兒玉石神社~先宮神社~高島城~下諏訪駅

2016年4月30日(土) 1日目

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諏訪大社下社秋宮を出ると、
R142から地道に外れて下諏訪宿に入ります。

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1245、下社末社の御作田社。
清水と温泉が湧いてました。

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穂見大神をお祀りする、木陰の小さな社。
住宅街の中にひっそりと位置しています。

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境内に設けられた神田。
植えて1ヶ月で稲が実り、諏訪大明神に奉納されるのだとか。
これも下社七不思議の一つです。

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R142に復帰して、北の木落し坂へ。
諏訪盆地は山に囲まれており、街の端は高台にあります。

自転車にザックという、どう見ても旅人なスタイルのおかげで、
地元の人達が声をかけてきて道や距離を丁寧に教えてくれます。
「どこから来たの?」「わざわざこんな田舎に・・・」みたいな定番の流れ。
諏訪の皆さんは親切ですね~

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R142から南西、下諏訪市街と諏訪湖の眺望。
南の茅野方面には守屋山が見えます。

電波塔が設置された稜線の向こうに、
左から守屋神社奥宮のある東峰(1631.2m)、
中獄(1643m)、西峰(1650.3m)という地形の守屋山。
地味なシルエットなので、意外と分かりにくい。

諏訪大社上社の神体山として知られる守屋山。
色々調べてみると、実は神体山ではないとする説もあるようです。
実際のところ、どうなんでしょうか?上社との関係は?守屋神社の祭神は??
この疑問は、2日目(4ページ目以降)の守屋山探訪で解いていくことになります。

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丸山の西、砥川沿いのR142を上ります。
緩い上りで交通量はそれなり。

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1315、注連掛です。

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木落しを終えたばかりの御柱が安置される注連掛。
この8本の御柱は里曳きによって春宮と秋宮に運ばれ、
建御柱が行われることになります。

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寅と申の年に開催され、7年毎の一大イベントとして知られる御柱祭。
正式には式年造営御柱大祭と呼ばれる諏訪大社の特別な神事であり、
本殿に相当する宝殿と、社殿四隅の御柱を建て替えるのが目的。
諏訪大社だけでなく、周辺の社でも小宮祭が行われます。

御柱祭の最古の記録は奈良時代末期、延暦23年(804年)のこと。
諏訪大社の創建年代と同じく、はっきりした起源は分かっていません。
熱狂的なムードで行われる伝統の木落しも、どうやって始まったのか不明。

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今年の下社御柱祭のスケジュールは・・・切り出された御柱を、
東俣川上流の棚木場から注連掛まで曳いてくる山出し(4月8~10日)。
注連掛で休めた御柱を春宮・秋宮まで運ぶ里曳き(5月14~16日)。
そして両宮の宝殿遷座祭と、御柱を建てる建御柱になります。
山出しの見せ場となるのが、有名な木落しというわけです。

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1330、東俣川を渡って木落し坂。
この先を更に上ると坂の頂上に出ます。

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最大斜度35°、距離100mの急坂。
写真では伝わりませんが、坂というより崖です。
こんな急斜面を御柱に乗って滑り降りたのですね・・・

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建御名方神のご先祖様、大山祇神を祀る木落社。
山出しの安全祈願のため、坂の下に新築されました。

大変インパクトがあり、御柱祭を象徴する場面となっている木落し。
あくまで山出しの一部であって、それが御柱祭の全てではありませんが、
氏子の皆さんは木落しになると血が騒いで熱狂的になってしまうらしい。
危険だからやめよう、なんて生温い話は一切通用しないのでした。

「木落しばかり取り上げるから、野蛮だと思われるんだよね~(笑)」
と、地元のおじさんが言ってました。

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・・・御柱祭から1年後。
2017年4月21~23日に「諏訪補完探訪 III」を実施しました。
秋宮からR142を4kmほど歩いて木落し坂の頂上へ。
これは4月22日撮影分です。

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頂上の広場はR199沿いにあります。
意外と狭くて、御柱と氏子の皆さんが集結すると混雑しそう。

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模擬御柱が展示されていました。

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頂上から覗いた木落し坂の様子。
危険なので立入禁止です。

御射山地図 
こちらは下社から木落し坂・旧御射山に至る地図。
木落し坂からR199を上ると霧ヶ峰北西、八島ヶ原湿原の旧御射山へ。
徒歩でアクセスするには遠すぎ、車両は冬期全面通行止めとなります。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋。
「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記。
利用規約に基づいて掲載しています。

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というわけで、八島ヶ原湿原まで9kmほど歩きます。

徒歩は本当に無理がありますから、
上諏訪駅か茅野駅から霧ヶ峰までバスを利用するのがいいでしょう。
自転車やマイカーの場合、R142やR40でアクセスするのが無難です。

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棚木場~木落し坂のR199は御柱の曳行ルート。
左手には御柱古道なる遊歩道が設けられています。

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棚木場までやってきました。
東俣国有林で伐採された御柱が安置され、
盛大な山出しの出発点となります。

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棚木場の先にはゲートが設置され、車両は冬期全面通行止め。
地元のドライバーがゲートを開けていたので尋ねてみたところ、
徒歩でR199や林道を抜けるのは問題ないとのこと。

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八島ヶ原湿原まで長いルートです。
一部区間は路肩が崩落しており通行不可。
林道や斜面を迂回して進みます。

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ようやく八島ヶ原湿原の手前。
ここまで2時間半かけて歩いてきました。

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ゲートを越えると八島ビジターセンターあざみ館と駐車場。
R194をくぐって八島ヶ原湿原、旧御射山に通じる遊歩道に入ります。
鹿による食害が深刻化しているようで、入口に網が設置されていました。

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八島ヶ原湿原の様子。
霧ヶ峰北西に位置する高層湿原です。
私の目的は旧御射山ですから、その辺は割愛で。

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旧御射山に向かいます。
南東には、霧ヶ峰の最高峰となる車山(1924.7m)。
山頂に設置された車山気象レーダー観測所が見えます。

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諏訪市に入り、ゲートEを開けて旧御射山へ。

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正面に広がる旧御射山の一帯。
古くから御射山御狩神事という祭祀が行われたところです。
穂屋祭とも呼ばれる狩猟や農耕の祭祀だったと伝わりますが、
江戸時代に入って秋宮付近に遷され、当地は旧御射山となりました。

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沢を渡ると本御射山神社があります。

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建御名方神をお祀りする小さな社。
こちらの御射山社には御柱が建てられています。

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中世には武士の競技大会が開かれた旧御射山。
南にある1651mのピークの斜面には土壇が設けられており、
これは御射山御狩神事の際、神官が籠った穂屋の遺跡とのこと。

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せっかくだから車山も掲載しておきましょう。
登山口までバスやマイカーでアクセス可能。
ハイキングやスキーで賑わう山です。

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車山山頂(1924.7m)の様子。
気象庁の車山気象レーダー観測所が設置されています。
白い球体はレドームといって、アンテナを保護するための覆い。
普段は無人で運用されており、東京都の本庁から遠隔管理されます。

平成11年(1999年)、富士山頂の富士山レーダーが老朽化のため引退。
同年、当レーダーと静岡県の牧之原気象レーダー観測所が運用を開始。
車山と牧之原の2基のレーダーが、富士山レーダーの後継となっています。

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山頂の東には車山神社。

昭和初期、これより南西のガボッチョ(1681m)にスキー場を整備する際、
山の神様である大山祇神をお祀りするスキー神社が創建されました。
やがて車山にOPENしたスキー場が主流となり、スキー神社も遷座。
元々車山にてお祀りされていた神様に加え、諏訪大社の祭神である
建御名方神と八坂刀売神を合祀して現在の形になったようです。

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レーダーと鳥居。

南東には赤岳(2899m)を最高峰とする八ヶ岳。
空気が澄んでいれば遙か南東に富士山(3776m)も見えるとか。
東方的には、富士山と八ヶ岳は「儚月抄」に登場する重要な山。
ここで説明すると長くなるので、3ページ目に回させてください。

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当然のように建てられている御柱。
山で切り出された御柱を里に曳き下ろすのが普通の御柱祭。
この社では、御柱を山頂まで曳き上げることになるんですね~

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八ヶ岳と向かい合う南西の守屋山。
ここまで2017年補完分でお送りしました。

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・・・木落し坂からR142を下って春宮へ。
なんだか雲が多くなってきました。

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1345、諏訪大社下社春宮。
R142のすぐ下にあります。

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石鳥居をくぐって境内へ。

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これは結びの杉。
神奈子様のスペカ、神符「杉で結ぶ古き縁」の元ネタです。

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右手には、御柱を境内に曳き入れる木落し坂があります。
危なそう。

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正面には神楽殿。
全体的に秋宮をコンパクトにした感じ。

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幣拝殿にて参拝。
建御名方神と八坂刀売神は、現在こちらに鎮座されています。

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秋宮と同じく、幣拝殿と左右片拝殿の構成。
建築は大隈流、柴宮長左衛門矩重によるものです。
御神体は宝殿奥の杉の木とのこと。

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建御柱を控えており、この時点では御柱はありません。
諏訪大社で役目を終えた御柱は、他の社で材木として使われます。

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幣拝殿の左手には、筒粥神事が行われる筒粥殿。
とても正確な占いであることから下社七不思議の一つ。
これもスペカ、筒粥「神の粥」の元ネタ。
弾幕もネーミングもそのまんま。

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一旦境内を出て、砥川の中州を渡ります。
この中州は浮島といって、どんな大水にも流されないらしい。
やはり下社七不思議の一つとなっています。

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浮島にひっそり佇むのは、祓戸大神を祀る浮島社。
春宮末社であり、四隅に御柱が建てられています。

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対岸に渡り、万治の石仏へ。

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こちらが万治の石仏。
春宮の鳥居を作る際に色々あって、
この石を阿弥陀如来として祀ることになったそうな。
今では下社と並び、下諏訪のシンボル的な存在に。

・・・投げやりな説明ですいません。

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のんびり探訪していたら、もう1412。
う~ん、いつも以上の過密スケジュールです。
時間の制約により、元ネタを網羅するのは不可能。
今回の探訪では割愛させてもらったところもあります。

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そんなわけで、ここから8月補完分。
R184からストレートに春宮に向かうと下馬橋があります。
かつての参道の名残であり、今でも遷座祭で使用されます。

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橋を下を流れるのは御手洗川。
現在では暗渠になっています。

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春宮境内へ。

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木落し坂の様子。
御柱を曳き入れた跡が残っています。

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上から見たところ。

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神楽殿から幣拝殿へ。

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拝殿の右手前には、春宮一之御柱。

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この御柱はボコボコで特徴的。
先端は冠落しと呼ばれる神事で三角錐状にカットされ、
社に建てられた時の見栄えを良くしています。

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右奥の四之御柱。

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左手前の二之御柱。早くも書くネタが尽きました。

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左奥の三之御柱。
ここまで8月補完分でした。

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ここから2018年補完分です。
下馬橋の横を通って春宮へ。

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参道の様子。
書くネタはもう残っていません。

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神楽殿と木落し坂。

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幣拝殿と一之御柱。
ここまで2018年補完分でした。

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境内を出て、ノンストップで進行します。

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大鳥居をくぐってR184からR185に乗り継ぎ。
3ページ目、洩矢神社に続きます。

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