諏訪サイクリング II・守屋山ハイキング I

01|下諏訪駅~下社秋宮|御射山社
02|~御作田社~注連掛~木落し坂~下社春宮|旧御射山・車山神社
03|~釜口水門~岡谷駅~藤島神社~洩矢神社~茅野駅
04|茅野駅~守屋山(守屋神社奥宮・里宮)~御柱屋敷~
05|上社前宮|水眼の源流
06|~守矢史料館(守矢邸・御頭御社宮司総社)
07|~北斗神社~上社本宮
08|~大祝邸~木落し公園~茅野駅|御座石神社|青柳駅~御射山社
09|茅野駅~葛井神社~足長神社~八劔神社~手長神社|立石公園
10~上諏訪駅~兒玉石神社~先宮神社~高島城~下諏訪駅

2016年5月2日(月) 3日目

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手長神社を出てR20に復帰。
上諏訪駅に向かいます。

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1005、JR中央本線の上諏訪駅東口。
チェックポイントとして寄っていくだけ。
次行きましょう。

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中央本線沿いのR20を走ります。

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踏切を渡らず、R20を離れて兒玉石神社へ。
この踏切は交差点のような構造で、交通量が多く渡りにくい。
危ないから改善してください。

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1020、兒玉石神社。

祭神は兒玉彦命と玉屋命。
兒玉彦命は片倉辺命の御子神で、建御名方神の孫にあたります。
『神長官守矢史料館のしおり』に載っている守矢氏の家系図によると、
洩矢神から数えて4代目に児玉彦命とあります。ほ~???

ということは、守矢一族には早い段階で
建御名方神の子孫が加わったと考えられます。
加わるというより、建御名方神の血筋に置き換わったみたいな?
はい、これ以上のことは分かりません。

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境内には御神木の杉と巨石群が存在しており、
諏訪七石の一つ、兒玉石であると伝わっています。
特に大きい二つはイボ石と呼ばれ、祭神の依代とのこと。

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拝殿の様子。
もう文章を書く気力が尽きました。

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兒玉石神社の先へ、住宅街を道なりに進みます。

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1035、先宮神社です。

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境内へ。

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拝殿にて参拝。
御神木の立派な大欅があります。

祭神は高光姫命(稲背脛命とも)。
先住の産土神でしたが、建御名方神の諏訪支配に反抗。
ようやく服従するも、当地から出ることを禁じられてしまい、
境内前の小川には橋を架けないことになったとか。

しかし高光姫命は建御名方神の姉とも伝わっており、
稲背脛命は国譲りの際に大国主命が遣わした神様です。
何やら矛盾している気も・・・いや、気にしない方針で。

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小川、というより用水路を跨いで境内の外へ。
これで諏訪の社巡りは終了です。

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・・・中央本線とR20を越え、湖岸通りまで下ってきました。
時刻は1050。ここは諏訪湖東岸になります。

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湖畔には諏訪湖間欠泉センター。

東方に登場する間欠泉地下センターは、
この施設の名称を元にしているのでしょう。
あれも神奈子様と早苗さんの企みの一つなので、
「風神録」に関係していると言えなくもありません。

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1100、観光客が見守る中、噴出開始。

昭和58年(1983年)、温泉掘削中に噴出した間欠泉。
今では自噴が止まってしまい、コンプレッサーを用いて
決められた時間にブローさせています。なんか地味~

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この辺りは諏訪市湖畔公園として整備されています。
ジョギングロードや遊歩道があり、湖を眺めつつ快走。
とりあえず南岸まで走ってみることに。

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南東岸の様子。地元の中学生が野外スケッチ中。
東の岡谷市街から北の下諏訪市街まで一望できます。
空気が霞んでいるのが残念。

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湖上に浮かぶ初島。遊覧船も運航してます。
北西方面、塩尻峠(1012m)の向こうに見えるのは
飛騨山脈(北アルプス)の最高峰となる奥穂高岳(3190m)。

初島は、毎年8月15日に実施される
「諏訪湖祭湖上花火大会」の発射基地として設置された人工島。
建御名方神を祀る初島神社があり、例によって御柱も建てられます。

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2009年撮影分。岡谷市街の向こうには鉢盛山(2447m)。
昔の探訪は写真が少ない分、天気は良かったりします。
使えそうな写真は片っ端から掲載しておきますよ。

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2016年8月16日撮影分。前日に花火大会がありました。
混雑を回避し、敢えてイベント前後に訪れるのが基本です。

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発射基地となった初島。
花火大会から一夜明けて閑散としています。

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湖畔に建てられた八重垣姫の像。
本朝二十四孝、狐火の段なるストーリーを元にしているそうです。
ここまで8月補完分でした。

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湖畔公園から南岸を走って南端へ。
R50に乗って、上川大橋で上川を渡ります。

ジョギングロードの一部区間は自転車走行禁止の模様。
歩行者と自転車が混在して危険なため、分離されているようです。
自転車用の道は存在せず、反対側の歩道に追いやられてしまう。
ん~、実に中途半端なコンディション。

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1148、諏訪湖南端の舟渡川までやってきました。
これもジョギングロードで、さざなみロードと呼ばれる区間。
自転車禁止とは書いていなかったので大丈夫だと思います。
地元の皆さんは普通に走ってるから多分OK。

湖畔には大四つ手網という漁具が設置されています。
ちなみに下諏訪にもありました。

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諏訪湖を眺めつつ、一旦休憩。
疲れたので休ませてもらいます。

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1215、休憩を終えて出発。
宮川橋で宮川を渡り、R50を戻ります。
右手には東方ファンの誰もが気になってしまう、すわっこランド。
普通のレクリエーション施設であり、諏訪子様とは関係ありません。

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ヨットハーバー前でR50を右折。
湖岸を離れて高島城へ向かいます。

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1235、高島城。かつての高島藩の中心であり、
現在では隣に諏訪市役所があります。

初代高島藩主の日根野高吉によって築かれ、
安土桃山時代の慶長3年(1598年)に完成した高島城。
慶長6年(1601年)には、大祝を務めたこともある諏訪頼水が2代目藩主として入封。
戦国時代の動乱で没落した諏訪氏が、再び諏訪の地を治めることになりました。

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冠木橋を渡り、冠木門をくぐって本丸へ。

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当時は諏訪湖畔にあり、難攻不落の水城とか、諏訪の浮城と呼ばれたそうな。
秘封倶楽部の「卯酉東海道」に登場する葛飾北斎の『富嶽三十六景』でも、
諏訪湖に突き出た高島城の様子が描かれています。

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高島藩は明治4年(1871年)の廃藩置県で高島県に。
頼水から数えて10代目の忠礼が最後の藩主となりました。
藩主の諏訪氏と大祝の諏方氏の時代は、これで終わります。

高島城も明治8年(1875年)に破却されてしまいますが、
100年後の昭和45年(1970年)になって天守等の建物が復元。
高島公園として整備され、上諏訪のシンボルとして蘇りました。

近代化に不要とされたものを後先考えず徹底的に破壊し、
一世紀も経ってから重要な歴史・文化を葬ってしまったことに気付く。
私は西洋文明を謳歌していますし、明治維新を否定する気もありませんが、
行き過ぎた排除により、多くのものが失われたのは本当に残念だと思います。

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こちらは英霊をお祀りする諏訪護國神社。
明治33年(1900年)に建てられました。

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公園内は綺麗に整備されています。
休憩のついでに立ち寄るのがいいですね。

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高島城を満喫したので帰ります。

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後は上諏訪駅に戻って、下諏訪で撤収の流れ。

早苗さんの故郷、諏訪の風を感じるサイクリング。
神社や湖畔はもちろん、市街地を走るだけでも楽しいです。
ポイントを絞り、ほぼノンストップで回ってもギリギリ3日のプラン。
観光やグルメ、温泉等を盛り込むと3日程度では足りません。

この雰囲気は、走ったり歩いたりして初めて分かるもの。
写真や文章だけで、諏訪独特の信仰の歴史は実感できません。
本レポをご覧の皆さんも、ぜひ実際に訪れてみてください。
ここには載っていない何かを発見できるでしょう。

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湖岸通り沿いに走り、諏訪湖東岸を北へ。

やっぱりジョギングロードは自転車禁止になっています。
スピードの出し過ぎや乱暴な走行が多くて締め出されたのでしょうか。
北岸の下諏訪町や西岸の岡谷市では自転車も走行可能になっており、
諏訪市だけ湖岸からサイクリストを排除する方針を打ち出しています。
サイクリングに適した地域なのに、なんとも残念ですね。

そんなわけで現在・・・
長野県・下諏訪町・諏訪市・岡谷市が自転車道の整備を検討中。
諏訪湖を周回する連続したサイクリングスペースの確保を目的として、
サイクリングロードや車道の自転車専用レーン、休憩スペース等を設ける構想。
諏訪湖の眺望を楽しみつつ、サイクリングや観光を楽しめるようにするらしい。
今後の発展に期待させてもらいます。

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いつの間にか下諏訪町に入りました。
里曳きのため、交通規制が行われるようです。

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1325、R185沿いのローソンにIN。
時間に余裕があるので、しばらく昼休憩タイム。
気温は28℃ぐらい。ひたすら走ってよく焼けました。

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1405、休憩終了につき出発。
市街地を避けて北岸を走ります。

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対岸には上諏訪市街。
ちょうど南に守屋山が見えます。

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ここから平成30年(2018年)2月3日撮影分。
平成25年(2013年)以来、5年ぶりに出現した御神渡りの補完に訪れました。

御神渡りとは・・・9ページ目の八劔神社でも書いたように、
冬季に諏訪湖が凍結し、氷上の亀裂が盛り上がる自然現象のこと。
この現象は平安時代から知られており、ただ亀裂が発生したというだけでなく、
上社の建御名方神が、下社の八坂刀売神に会うために通った跡とされています。
東方的には神奈子様のスペカ、神符「神が歩かれた御神渡り」の元ネタですね。

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最近の諏訪湖はなかなか凍結せず、2018年も予断を許さない空気。
毎日諏訪湖の状況を注視していたところ、寒気の影響で遂に全面結氷。
2月1日に亀裂が確認され、2月2日には八剱神社によって御神渡りと認定。
御神渡りが現れたと聞いて、直ちに兵庫県から出動してきました。

御渡り地図 
これが2018年に観測された御神渡りのルート。
南から北に伸びる一之御神渡り&二之御神渡り、
2本のルートに交差する佐久之御神渡りという構成。
建御名方神が上社から諏訪湖に降り立った起点が下座、
湖上を通って下社に上陸した終点が上座と呼ばれます。

私が湖岸から確認できたのは一之御神渡りのみ。
以下、西岸・北岸・北東岸の3箇所からお送りします。

※国土地理院の「地理院地図(新版)」から抜粋。
「カシミール3D」で出力し、ポイントを追記しています。

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まずは諏訪湖北岸の赤砂崎公園から。
御神渡りが認定された翌日ということもあり、
観光客より地元の方のほうが多かったです。

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南岸の上社方面から走ってきた、待望の御神渡り。
凍結しているように見えても、厚さや強度にはムラがあります。
非常に危険ですから、氷上には絶対に立ち入らないでください。

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氷点下に冷え込む日が続くと、湖面が凍結して亀裂が入ります。
その後、気温が上がると氷が膨張し、亀裂が盛り上がるという仕組み。
割れた氷が湖面に突き出し、蛇行しながら下社方面へ伸びています。

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次は北東岸に向かいますよ。

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北東岸から見た一之御神渡り。
建御名方神が上陸した上座となります。

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せっかくだから御神渡り以外の写真も掲載。
諏訪湖を時計回りに一周します。

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湖岸には氷の塊が打ち寄せられています。
広報車が巡回し、氷上への立入禁止を呼びかけていました。

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湖上にはワカサギ釣りのドーム船。
ボートでアクセスするようです。

水中の酸素だか環境のコンディションが良くないらしく、
ワカサギは年々減少しており、絶滅の噂まで流れるレベル。
わかさぎ姫が幻想郷に住んでるのは、そういう理由なのかな?

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西岸にやってきました。

警告を無視して氷上に立ち入るおバカがちらほら。
アベックが氷を踏み抜いて靴を水没させていました。
だから入るなと言ってるのに・・・

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西岸から見た一之御神渡り。
氷がチルノな感じに突き出しています。
以上、2018年補完分でお送りしました。

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漕艇場前で小休止。そろそろ帰りましょう。

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R185に乗って下諏訪市街。

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春宮大門交差点を右折、R20に乗り換えます。

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R20から下諏訪駅へ。

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1455、JR下諏訪駅に戻ってきました。
6時に茅野駅を出発して9時間の行程。
今日は時間に追われず、ゆっくり走れましたね。

本日の走行距離は約22.3km。
総合走行距離は約83.7kmになりました。
歩行距離は守屋山の行程を含めて約11km。
この3日間で約94.7km・・・長いような、短いような。

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地元の方とお喋りしながら輪行の準備。
行きと同じく、15分で作業を終えました。

2泊3日で神社巡りと山歩きを詰め込み、その殆どが東方関連。
過密スケジュールで進行し、レポも相当なボリュームになりました。
多くの舞台探訪を実施してきましたが、今回は過去最高の充実度。
「風神録」ゆかりの地、諏訪の社と神体山を巡って大満足です。

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切符を買ってホームへ。淡々と撤収。

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1620の長野行きに乗車。また来ます。

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塩尻駅から特急「しなの20号」に乗り換え。
兵庫県の最寄駅まで、とにかく遠いです。

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2045、米原駅にて待機中・・・
自転車が軽くなっても輪行は大変。

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2252、最寄駅にて下車。
自転車を組んで帰ります。

とても長く、取っつきにくいレポになりましたが、
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
ベストを尽くして全力で探訪・執筆したつもりです。

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自宅に帰り着いたのは2315のこと。
これにて諏訪探訪完了。お疲れ様でした~

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「中部地方の旅」のレポ一覧に戻ります。
「東方巡遊記」に戻ります。